この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
こじらせてません
第1章 捕縛
普段から、音だけにとどめておけば美しい名であるファーストネームではなく、ファミリーネームで呼ばれている。ミサが「気にしている下の名で呼ばれて、私は大変不快です」とハッキリ言わないまでも、決して麗しい機嫌はないことが対話者へ伝わるからだ。
いま、安原はキチンと、苗字でミサを呼んだ。
だから安原がミサの表情に疑念を持たされたのは、呼んだせいではない。
また、ミサは不機嫌な表情をしたわけでもない。
疚しかったのだ。
黒居ショックが、もう一つ落とした影は、ミサにとっては更に色濃かった。
黒居と由美子との間に、いなかる背徳があったかは知らない。さぞあらがいがたかったのだろう。少なくとも黒居は戒を破ったのだから、由美子の前では敬虔ではなかった。
いっぽう、ミサの前では実に敬虔だった。
十年間。
一切、手を出してこなかった。むろん、ミサから手を出したこともなかった。
そして黒居と知り合う以前、中高の校則には不純異性交遊を禁じる条文があった。
総合するとつまり、ミサには性経験がなかった。
特別、焦りはなかった。
黒居と迎えるだろう初夜に、経験を果たすのだろうと思ってきたからだ。
逆説的につまり、予定が狂ったから土曜からは焦っている。
今や二十九歳だ。
正確には、29.75歳だ。誕生日が迫っている。
いったい黒居は別れ話を切り出した時、この事実に対して、どれだけの罪の意識を感じてくれただろうか。
金曜の帰り道、未婚率の数字を引っ張り出したのは、結婚を焦ったからではない。
三十路になって独身である蓋然性が高いことには、大して焦っていない。かくなる事情があったのだから、自分は決して「こじらせて」いるわけではない。
というのも、ミサの手元には、既に調べていたデータがあった。
厚労省の関係機関の調査によれば、性経験のない女性の比率は、二十代後半で32.6%、三十代前半で31.3%である。
『三十歳の女性のほぼ三人に一人、少なくとも四人に一人は処女である』
ご安心召されよ?
もののサイトにも、この情報を提示の上、見る者の心の安寧を図るものが散見された。
しかし、調査結果をよく読まれたい。前提条件がついている。
「未婚の女性のうち、性経験がない」割合だ。できれば傍点がほしい。
いま、安原はキチンと、苗字でミサを呼んだ。
だから安原がミサの表情に疑念を持たされたのは、呼んだせいではない。
また、ミサは不機嫌な表情をしたわけでもない。
疚しかったのだ。
黒居ショックが、もう一つ落とした影は、ミサにとっては更に色濃かった。
黒居と由美子との間に、いなかる背徳があったかは知らない。さぞあらがいがたかったのだろう。少なくとも黒居は戒を破ったのだから、由美子の前では敬虔ではなかった。
いっぽう、ミサの前では実に敬虔だった。
十年間。
一切、手を出してこなかった。むろん、ミサから手を出したこともなかった。
そして黒居と知り合う以前、中高の校則には不純異性交遊を禁じる条文があった。
総合するとつまり、ミサには性経験がなかった。
特別、焦りはなかった。
黒居と迎えるだろう初夜に、経験を果たすのだろうと思ってきたからだ。
逆説的につまり、予定が狂ったから土曜からは焦っている。
今や二十九歳だ。
正確には、29.75歳だ。誕生日が迫っている。
いったい黒居は別れ話を切り出した時、この事実に対して、どれだけの罪の意識を感じてくれただろうか。
金曜の帰り道、未婚率の数字を引っ張り出したのは、結婚を焦ったからではない。
三十路になって独身である蓋然性が高いことには、大して焦っていない。かくなる事情があったのだから、自分は決して「こじらせて」いるわけではない。
というのも、ミサの手元には、既に調べていたデータがあった。
厚労省の関係機関の調査によれば、性経験のない女性の比率は、二十代後半で32.6%、三十代前半で31.3%である。
『三十歳の女性のほぼ三人に一人、少なくとも四人に一人は処女である』
ご安心召されよ?
もののサイトにも、この情報を提示の上、見る者の心の安寧を図るものが散見された。
しかし、調査結果をよく読まれたい。前提条件がついている。
「未婚の女性のうち、性経験がない」割合だ。できれば傍点がほしい。