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こじらせてません
第1章 捕縛
安原がサーフィンをする姿の、何を見れば良いのか。
サーフィンは朝、レストランは昼、夕日はもちろん夕方、と理解したが、一日をとおして、そんな時間まで二人でいるのは何故か。

なのでミサは、もちろん……そうは問わなかった。

誘われて飲みに来たら二人だった、という件ともに、安原の意図は充分に察していた。

ここで、自分には婚約者がいる、外国にいる、安原と海に行けば、同期であれ、友達であれ、親睦は深まっても、不本意な疑いをかけられる可能性がある、と答えた。

安原はわかってくれた。
笑って、「なんだよ、ちゃんと言っといてくれよ。狙いにかかって恥かいたじゃん」と言った。

「狙っていいですか?」という伺いはなかったし、「婚約者はいますか?」もしくは「二人で海へ行ったとして、それを知られて困る相手はいますか?」という確認もなかった。だから恥をかかせたことは、自分の落ち度ではない。しかし二人で飲み来た時点で伝えず、海に誘われてようやく伝え、彼の恥の度合を大きくしたことは、こちらの怠慢ためと言えなくもなかった。

なのでミサは、「ごめんね」と言った。

黒居がいる限り、個別具体的な誰かを自慰に登場させることは、育んできた矜持に従えば受け入れがたかった。

安原との一件以来、誰かが意図を持って誘ってきても、早めに黒居のことを伝え、相手の恥辱なり落胆なりの極小化に努めてきた。ミサが意図しなかったとはいえ、黒居以外の誰かと二人きりで一定の時間を過ごし、かりそめ口説かれたのは、安原と飲みに行ったこの時だけだった。

海のデートは叶わなかったが、飲みのデートは、したのだ。そして、もうあのハゲはいない。

ふとピックアップしたマンガと、この唯一の体験が重なった。あのハゲが、そもそもこの世に存在せず、あの時、海に行っていたら、今はどうなっていたのだろう。そんな詮無い空想と、幾ばくかの後悔と、後ろ暗さからくる妖しい期待が、まだ台本もセットもない、頭の中に用意された舞台に安原を留めた。

ミサはスマホを枕元に伏せた。必要なかった。

海へは行かなかった。だからあの時、あるいはその後、安原がいかに自分の純潔をいただくのか、つぶさに想像できない。
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