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こじらせてません
第4章 拘繋


――奪っちゃうね。

理絵子の決意表明を聞いて、ミサに暴力の衝動が起こった。

チェアにかけていても、身を傾ければ、腕は届きそうである。不安定な体勢であるから、渾身とはいかないまでも、彼女の頬を張ることはできる。

理絵子を致傷させることが目的ではない。
劫奪を企てている理絵子へたてうつことを、身体言語によって表現するのであるから、威力は度外視してよかった。

しかし、手を浮かせた時点で、前に立つシェフが目に入った。

なのでミサは二の足を踏んだ。

これを見越して、理絵子が店を選んだのならば、彼女の奸略にまんまとはまったとしか言いようがなかった。

だが理絵子の身体に害を及ぼす以外に、反意を表する手立てはある。

ミサは、カウンターを強く叩くという行為に切り替えようとした。
損壊が目的ではない。これは威圧だった。

しかしながらここにおいても、カウンター上にはグラスや食器類が並べられており、その先には高温の鉄板か広がっているのだった。

彼女は、これをも見越していたというのか。

一度ならず二度も頓挫すると、そのあいだに激発は削がれていき、ミサは中途半端に上げた腕をアームレストへ軟着陸させる羽目になった。

誰にとっても、振り上げた手をなすすべなく降ろす行為は体裁が悪い。

「……人のものに手出すのって、最低だと思う」

やり場のなさへあらがうために、そう言ったのであるが、

(……)

かつて同種の感慨を、催したことを思い出した。

もうずいぶん前のことのように思えるが、遅れて入った席に座っていた由美子の手が、下腹へ添えられているのを見たときに。

不義の事実を知っても、あのハゲを取り戻したい気持ちはまったく起こらなかった。

だが心の片隅には、
あのハゲに未練があろうがあるまいが、
由美子に新たな生命が宿っていようがいまいが、
思いっきり横っ面を張り飛ばしてやりたい、
そんな思いが芽ぶいていた。

しかもあのハゲではなく由美子のほうの。
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