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こじらせてません
第4章 拘繋
何も言わず、何も求めずにその場を去った。
矜持が「新しい生命の健勝と多幸を邪魔する自分」にはなりたくない、と訴えたため。
しかし果たして本当に、それが暴力を奮わない理由だったのだろうか。
下腹に添えられた由美子の手は勝ち誇っていた。そう見えた。
暴力を奮えば、敗北を認めたことになる。
それが言葉の暴力であっても同様だ。
自分は、敗北を認めたくなかったのかもしれない――
「……」
ミサは、エビをかじる理絵子を眺めた。
ともすれば下品な食べ方だが、赤い唇から覗く白い歯で、殻から身をむしり取っている。その口元は婉容として見えた。
いまも、暴力の衝動に従わなくてよかった、と思った。
由美子と同じく、理絵子も暴力に訴えてきていない。
ミソラやトモミと違って、彼女には何のしがらみもない。
小数点以下の差はあるが、年齢も同じ。
同じ会社に勤めている。来年には職位の上でも並ぶ。
そして長らくミサを支える美の希求心において、理絵子は優等に見える。
理絵子はエビの殻を皿の上へコロンと捨て、
「人のもの、って、そんなのアキラくんしだいじゃん? 名前書いてるわけでもないし」
と言った。
身体のとある箇所に記名することを検討したのが、やめたのだった。登記も、男性用貞操帯も意味はない。
「書いてなくても、そうなの」
「そう? じゃ、勝負しなきゃだねー」
理絵子はグラスを空け、手を上げてウェイターを呼んだ。
優雅な仕草が鼻につく。
ミサが合わせてグラスを煽ると、理絵子は指さして、空になったミサのグラスにも新たなワインを注がせた。
「勝負?」
「そう、勝負。恋敵じゃん?」
また、「ライバル」に驚くべき漢字があてられたような気がしたが、宣戦布告と受け取ってよかった。
喉が渇く。
あのハゲに呼び出されたときよりもずっと。
「誰にも渡さないもの」
「えー、すっごい自信」
「そうだよ。自信ある」
矜持が「新しい生命の健勝と多幸を邪魔する自分」にはなりたくない、と訴えたため。
しかし果たして本当に、それが暴力を奮わない理由だったのだろうか。
下腹に添えられた由美子の手は勝ち誇っていた。そう見えた。
暴力を奮えば、敗北を認めたことになる。
それが言葉の暴力であっても同様だ。
自分は、敗北を認めたくなかったのかもしれない――
「……」
ミサは、エビをかじる理絵子を眺めた。
ともすれば下品な食べ方だが、赤い唇から覗く白い歯で、殻から身をむしり取っている。その口元は婉容として見えた。
いまも、暴力の衝動に従わなくてよかった、と思った。
由美子と同じく、理絵子も暴力に訴えてきていない。
ミソラやトモミと違って、彼女には何のしがらみもない。
小数点以下の差はあるが、年齢も同じ。
同じ会社に勤めている。来年には職位の上でも並ぶ。
そして長らくミサを支える美の希求心において、理絵子は優等に見える。
理絵子はエビの殻を皿の上へコロンと捨て、
「人のもの、って、そんなのアキラくんしだいじゃん? 名前書いてるわけでもないし」
と言った。
身体のとある箇所に記名することを検討したのが、やめたのだった。登記も、男性用貞操帯も意味はない。
「書いてなくても、そうなの」
「そう? じゃ、勝負しなきゃだねー」
理絵子はグラスを空け、手を上げてウェイターを呼んだ。
優雅な仕草が鼻につく。
ミサが合わせてグラスを煽ると、理絵子は指さして、空になったミサのグラスにも新たなワインを注がせた。
「勝負?」
「そう、勝負。恋敵じゃん?」
また、「ライバル」に驚くべき漢字があてられたような気がしたが、宣戦布告と受け取ってよかった。
喉が渇く。
あのハゲに呼び出されたときよりもずっと。
「誰にも渡さないもの」
「えー、すっごい自信」
「そうだよ。自信ある」