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こじらせてません
第4章 拘繋


水面に同心円の小さな波が立っている。空を見上げれば、鈍色の雲が低く覆っている。

ああ、雨が降ってきたんだな。

雨景色を前にすれば、バッグに折りたたみ傘は入ってたかとか、今日はパンツはやめとこうかとか、そもそも出かけるのはやめとこうかとか考える。

そしてまた、

(明日も雨なのかな)

そんなことを、気にしたりもするのである。

「ええ、明日も雨ですよ」
「いや、明日は降りませんよ」

それだけで視聴者が安心するのであれば、テレビの天気予報は、天気図を見せる必要はないし、雲の様子を教える必要はない。

――ミサは神威から膝を外し、割り座となった。
溜息をついた。

脇腹の痛みが溜息をつかせたわけでもなければ、ラグを洗濯するわずらわしさがつかせたわけでもない。

アキラもまた、前かがみを解いて正座をした。
神威はすこし溜飲を晴らしたか、角度を下げていた。

「私ね、脅迫されてる」

雲の様子を教えてくれずにいるアキラを見ずに、ミサは言った。

「え?」

ラグに落ちていた大きな粒をすくうと、親指と人差し指をこすりあわせ、

「アキラくんのこと、知られちゃってね。バラされたくなかったら、一発ヤラせろ、だって」

指先を離すと繋いで揺れる粘液の糸を眺めた。

そう来るだろうな、と思っていたら、その通り手首がとらえられた。

「ダ、ダメだよ、そんなのっ」
「その人ね、私のこと、ずっと好きだったんだって。生理が終わるまで待ってやるって言ってたけど、アカカンはイヤだったのかな。私もイヤだけど」
「ね、ミサさん――」
「一発ヤレば、黙っててもらえる。こういうのって、一発で済むのかな? なんだっけ、イロ落ち? しちゃったらどうしよう。『虜にしてやる』とか、言われちゃったし」

指の粘液はまだ乾いていなかったが、薄笑みを浮かべ、そのまま髪を耳へとかけた。

「ミサさん、てばっ」

両方の二の腕をつかまれて、揺らされる。
しっかりしろ、というヤツである。

薄笑みを浮かべたから心配したのかもしれないが、大丈夫、しっかりしている。

「だからね」ミサは顔を上げた。「アキラくんも、してきていいよ」

しっかりとしていたからこそ、涙腺が鋭意はたらこうとして、いいよ、が濁った。
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