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こじらせてません
第1章 捕縛
販売員に美への造詣がどれほどあったかはわからない。ベタ褒めなのは、セールスを意図したものであったかもしれない。

だが、褒めちぎられて覗いた鏡の中の自分は、少なくとも自己承認欲求を充分に満足させるものだった。そして大学へ通うようになって、周囲の反応から、他者承認欲求も満たされていることがわかった。疑念を抱いてしまって、販売員にはまことに申し訳ないことをしたと思った。

かように、美への希求心はミサにもあったから、それ以降も両欲求を満たすために、化粧について研究と修練にいそしんだ。たまには失敗することもあったが、一人暮らし、誰に迷惑をかけるわけでもない。

恥ずべき中高時代を過ごしたとは思っていない。しかし化粧をせずに外に出るには躊躇が伴うようになった。

なお、今は会社で勤務中であり、「外」に該当するため、ミサは化粧をしていた。したがって、恥ずかしかったのは、化粧をしていないからではない。

「ちょっと、何なの?」
「……別になんでもないけど」

またもや、何でもなくはなかったが、そう言った。

なんでもないにもかかわらず、立ち止まったミサへ、理絵子はイラだちを露わにして腕組みをした。

華やかな化粧品業界だが、展望は決して明るくない。

国内は頭打ちだし、ここ数年貢献してくれたインバウンド需要にも陰りが見え始めた。もはや成熟市場と言ってよく、革新的な商品が生まれづらくなっている。多様化したニーズによって細かくセグメント化され、そこかしこで競争が行われている。

もともと化粧品は、薬事法を中心とした夥しい各種ルールで厳しく規制されている。性格的には若干の問題があるが、そんな環境下で広報なんていう仕事をしている理絵子は、大変だろうと思う。

ミサが従事する、商品企画開発もまた大変だった。これまでは「何十代女性向け」というおおざっぱな括りでターゲットを絞ればよかったのが、そうはいかなくなってきている。そして細分化すれば自ずと母数は減るわけだから、おいそれとコストをかけるわけにはいかない。

そんな折、広報部から協力依頼があった。CSRの一環として、社会学習の生徒たちを受け入れてみては、というものだった。
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