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こじらせてません
第1章 捕縛
エレベーターに入ったら油断してしまいそうになって、気を引き締めた。扉が開いた向こうに、同じマンションに住まう誰かが立っているかもしれない。
黒居と食事に行った帰りだった。
食事へ行ったのに空腹であるのは、食べなかったためだ。
仕事が押して、黒居と待ち合わせた和食ダイニングに着いた時には八時を回ってしまっていた。
「ごめんなさい。出る前に急用入っちゃって」
半個室の入口に吊るされた簾に頭を打たないよう少し屈み、膝を折るときも裾が乱れないよう、斜めに揃えて席についた。
「いや、全然。仕事忙しいの?」
黒居が着物の店員からメニューを受け取り、掘りごたつ式のテーブルの向こうから見せてきた。
おしぼりで手を拭いながら覗き込むと、メニューの向こうに、黒居の前にはウーロン茶しか置かれていないのが見えた。
「あれ? 飲んでくれてても良かったのに」
「そんなわけにはいかないよ」
確かに黒居は、先に飲み始めるような男ではない。わかっていて言ったのだが、期待通りの答えが返ってきた。久しぶりに会ったが、変わっていないようだ。
こちらもウーロン茶を頼んだ。
前に垂れた髪を耳にかけなおし、前を向くと、黒居と目があったから、少し口角を上げてみせた。
黒居の言葉を待とうとしたが、そういえば仕事の忙しさを問われたんだった、と思い直し、
「ちょっとここんとこ忙しいかな。来春の新作でトラブっちゃって」
困った、という仄笑みを見せた。
黒居も鼻に抜ける穏やかな息笑をつく。これで一旦、この会話を閉めてもよかったが、
「そっちは? もう日本に戻ってくるの?」
「いや、しばらくこっちで支援取り付けに回ったら戻るよ。次はきっと、長くなると思う」
「そっか。じゃあ人の心配してる場合じゃないでしょ。そっちのほうが大変そう。少し、じゃないな、だいぶん痩せたんじゃない?」
と、体調への気遣いを付け加えておいた。
黒居はアフリカで農業支援活動をしている。
北陸の実家は農家であるし、農学を修めたので理論・実地両方の知識を持ち合わせていた。ボランティアで知り合ったIT技術者とともに「農業技術のデータベース化」というものに取り組んでいる。
黒居と食事に行った帰りだった。
食事へ行ったのに空腹であるのは、食べなかったためだ。
仕事が押して、黒居と待ち合わせた和食ダイニングに着いた時には八時を回ってしまっていた。
「ごめんなさい。出る前に急用入っちゃって」
半個室の入口に吊るされた簾に頭を打たないよう少し屈み、膝を折るときも裾が乱れないよう、斜めに揃えて席についた。
「いや、全然。仕事忙しいの?」
黒居が着物の店員からメニューを受け取り、掘りごたつ式のテーブルの向こうから見せてきた。
おしぼりで手を拭いながら覗き込むと、メニューの向こうに、黒居の前にはウーロン茶しか置かれていないのが見えた。
「あれ? 飲んでくれてても良かったのに」
「そんなわけにはいかないよ」
確かに黒居は、先に飲み始めるような男ではない。わかっていて言ったのだが、期待通りの答えが返ってきた。久しぶりに会ったが、変わっていないようだ。
こちらもウーロン茶を頼んだ。
前に垂れた髪を耳にかけなおし、前を向くと、黒居と目があったから、少し口角を上げてみせた。
黒居の言葉を待とうとしたが、そういえば仕事の忙しさを問われたんだった、と思い直し、
「ちょっとここんとこ忙しいかな。来春の新作でトラブっちゃって」
困った、という仄笑みを見せた。
黒居も鼻に抜ける穏やかな息笑をつく。これで一旦、この会話を閉めてもよかったが、
「そっちは? もう日本に戻ってくるの?」
「いや、しばらくこっちで支援取り付けに回ったら戻るよ。次はきっと、長くなると思う」
「そっか。じゃあ人の心配してる場合じゃないでしょ。そっちのほうが大変そう。少し、じゃないな、だいぶん痩せたんじゃない?」
と、体調への気遣いを付け加えておいた。
黒居はアフリカで農業支援活動をしている。
北陸の実家は農家であるし、農学を修めたので理論・実地両方の知識を持ち合わせていた。ボランティアで知り合ったIT技術者とともに「農業技術のデータベース化」というものに取り組んでいる。