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こじらせてません
第1章 捕縛
ただ、由美子のその手には、己が胎内に芽生えた命を脅威から守るという、象徴的な意味もあるのかもしれなかった。

すなわち、自分から。

「大丈夫だったの? 飛行機」
「はい、安定期に入ったので、何とか帰ることができました」
「よかった。何より無事で」

そして黒居へ目線を向け、

「また向こうに戻るって言ってたけど、出産の時は、ちゃんと帰ってこなきゃダメだからね?」

と微笑んだ。

「ああ、わかってる」

わかっているのか。

答えは出ていた。大人が三人寄り集まって、議論を交わし、何か一つの結論を導くべきなのかと思っていたが、違ったようだ。

「じゃ、くれぐれも気をつけてね」

由美子はもちろん、黒居も、夢に邁進するのは結構だが、日本に比べれば衛生面、治安面で不安のある海外だから注意しなければならない。

「いや、待ってくれ。せめて何か償いをさせてくれ」

そんな旨を、同じ言葉で一人一人に言うのは非効率的だと思ったから、まとめて対応したのだが、席を立とうとしたわけではないのに引き止められた。

「償い?」
「ああ。婚約破棄をするんだ。何もしないわけにはいかない」
「そんなのいらない。大丈夫」

金のことかな、と推察された。活動のために私財までも投じている黒居には金がない。

婚約を破棄された場合、履行義務、すなわち相手方へ結婚を強制しない代わりに、金銭を請求することができる。

慰謝料というやつだ。

その意義を要約すると、「心に空けられた穴を金銭で埋める」ということだ。

報復行為ではない。
極論を言えば、贖う側が「死んだほうがましだ」と思えるほどの額を請求できるわけではない。

制度じたいに欠陥があると言えた。

「やめてくれ。そういうわけにはいかない」

黒居は罪を犯したと思っている。これは間違いないところだろう。

由美子は、その片棒を担いだ、と思っているらしい。確かにゼロというには説明が難しく、そんな労力を払うくらいならば、罪を認めて落としどころを模索したほうが賢明だ。

しかし、まことにつきなみな言い方だが、生まれてくる子供にはまったく罪がない。

何をどう考え直したところで、この事実は動きそうにない。
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