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こじらせてません
第2章 馴致


洗面台の前で話していた者を、しっかりしろ、と溜めた水へ顔を浸けてやらねばなるまい。

ともあれ、そんな女の子――というよりも、便宜上、心の中でそう呼んでみただけであって、どう見ても女の人がミサの足をとどめさせたのだが、それはほんのいっときの混乱だった。

家の用事。
見るからに「女の子」ではない、明らかに自分よりも年上の「女の人」。

お母さん、と見るのが妥当だった。

(へー、キレイな人だなー……)

ついさっき、相対的に「惨敗感はまるでない」とか思ったのに、妥当性が確保されたとたんに、そう思えた。

アキラはしょぼくれた頭を撫でられている。
テストの点でも悪かったのだろうか。

もうF大への進学が決まっているのだから、テストの点は気にしなくていい。
そう思ったが、それはあくまでもミサの言い分だった。

そうこうするうち、ミサは当然の罪悪感とへと苛まれていった。

――アキラは「ウソはついていなかった」。

彼の前に飛び出し、己の不実を詫びるべきだと思った。

私を殴って。力一杯。
悪い夢を見ていたの。

勇者は親友を信じて走ったが、自分は彼氏を信じられなくて走った。なかば暴走だ。

(んー……、でも、お母さん、か……)

ミサは勇者ではなかった。

泣いて詫びに出ると、今ここにいるのを知られてしまい、法律に抵触するの恐れたのではない。
泣いて詫びに出る誠意が、彼氏の母親の前に名乗り出る緊張に負けただけだ。

自分の意気地のなさを恥じているうち、アキラたちは去っていった。

そして――

一人暮らしの部屋で一人、誰にも迷惑をかけずに、後悔と自己嫌悪のために溶けていると、

『やっぱり、今から行ってもいいですか?』

とメッセージが届いた。

ミサは時計を見た。
溶けすぎて時空を認識できずにいたが、もう夜の八時を回っていた。

来るといつも、アキラはとても名残を惜しんで、終電近くまでいる。いてくれる。

しかし……、今日は母親の顔を見てしまったし、胸がモヤモヤしていた。
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