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禁煙チュウ
第5章 デート
「ハンカチ、使えば」
流れ続ける雪乃の涙を見るのが辛くて声をかけると、雪乃は緩慢な動作で腕を持ち上げ、顎の先から滴る涙を拭った。
「いい匂い」
ぽつりと雪乃が呟く。
そんな場合じゃないだろう、と思いつつ、なぜか俺もその石井の匂いを嗅いだような気になる。抱きしめた時の記憶か、妄想か。

頬の涙を拭っても雪乃の涙は止まらず、道行く人の視線がかなり痛い。
「あー、どっか入るか」
雪乃は無言で頷く。
「カフェかどっか……」
「やだ、こんな顔で入れない」
「あー、まぁ……、とりあえず人いないとこ……」
といって歩き出す。
俺の服の裾を掴んでいた雪乃の手がだらんと垂れる。
雪乃は動けないみたいで、その場に立ち尽くしている。

あー、もう。
俺はその手を取って歩き出した。
小さな冷たい手。
繋いだ瞬間、雪乃の手は俺の手になじんで、時間がたっても皮膚感覚は忘れてないんだなと場違いな感動をする。

それを肯定するように、斜め後ろで雪乃が呟いた。
「かわんないね、哲の手」
昔を懐かしむような、まだ俺を忘れていないような、微妙なその声色にドキッとする。

だからだろうか、俺はその後に続いた雪乃の言葉に、安易に頷いてしまった。

「ねぇ、こんな顔でどこも入れないし、哲の家に行きたい」

愚かにも俺は、それもそうだな、なんて返事をしてしまった。
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