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篠突く - 禁断の果実 -
第8章 過去編二話 生きた証
「…………」

 部屋に落ちた沈黙。扇風機だけが羽の回る音を立て、風が孝哉の机に置かれたノートをペラペラと捲っていく。
 一度流れ出した悠の涙は止まることを知らず、次々と瞳に染み出るそれで視界が濁る中、右のほうでぽたりという音がした。それは、何か水滴のようなものがノートを打つ音。

「……孝哉……?」

 孝哉は俯いて机に肘を立て、自分の前髪を強く握りしめていた。彼の肩が小刻みに震えている。ぽたり、ぽたりという音は速度を増し、幾度も幾度も繰り返される。

「……姉さん」

 振り向いた孝哉は、泣いていた。女の子のように綺麗な顔をくしゃくしゃに歪めて。
 懸命に堪えていた涙は、姉に背を向けた瞬間、堰を切ったように溢れ出したのだ。小学生の頃以来、初めて見る弟の涙だった。
 悠は弾かれたように立ち上がった。椅子に座ったままの孝哉を、彼女は再び強く抱きしめる。

「孝哉……」

 悠が孝哉の頭を慈しむように撫でれば、彼の高さに合わせて屈められた彼女の腰に、するりとその手が回される。

「姉さん……」

 頼りない声が悠を呼んで、震える手が彼女のキャミソールの背中を掴んだ。

「俺、なんで生きてるのかわからないよ……」

 それまでずっと強がっていた孝哉は、漸く弱音を吐いた。その声はずっしりと重く、ひどく苦しそうだった。
 弱い自分を見せまいと強がって、優しくて。けれど本当は、人一倍繊細で、脆くて。誰よりも人のぬくもりを求めていた彼は、漸く叶った願いに顔を埋めた。

「……助けて……姉さん……」

 姉の胸に抱かれた孝哉の、くぐもった、震えた声。それは彼女の耳にこだまし、絡みついて、いつまでも離れなかった。
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