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篠突く - 禁断の果実 -
第8章 過去編二話 生きた証
 気がつけば、悠は弟の体をぎゅっと抱きしめていた。

「……姉さん?」

 困惑したような声が悠の頭上でした。躊躇うように悠の背中に回された腕は、しかし、彼女に触れる直前で止まる。

「……いいんだよ、姉さん。生きるために、俺はそういう選択をした。ただそれだけのことだ」
「いいわけないでしょ。……全部、私に話して」

 孝哉は、暴力以外の虐待も受けているのではないか。そう思って問うが、彼にするりとかわされてしまう。

「……俺、こんなクソみたいな家の中でも、姉さんのことは好きだよ。だから、全部は教えてあげられない」
「…………」
「……姉さん、もういいでしょ。俺、課題やらなきゃ」

 低く押し殺したような孝哉の声が耳に響く。肩を掴んでそっと悠の体を離すと、彼は立ち上がって勉強机に向かってしまった。
 ひとりベッドの上に残された悠は、彼が虐待されていたことに今日まで気がつかなかった自分を、激しく責めた。そして、思う。
 そうか。彼が優しすぎるのは、自分の心を自分自身で殺しているからだ。常に人の顔色をうかがい、怯えている。そうしないと、彼は生きていけなかったというのか。違う。そんなことはない。逃げれば良かった。逃げても良かった。母を守れる、姉を守れるという現状に満足することなく、彼は愛を求めるべきだった。だが、彼はそうしなかった。
 神は乗り越えられない試練は与えないというが、これはあまりにも酷なことではないか。それでも、これが宿命なのだと、試練なのだと言うのですか、神様。
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