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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第15章 しのちゃんの受難(九)

 そして、「稲垣せんせー!」「千葉せんせー!」と他の実習生たちの名前も次々に呼ばれ始め、ステージ上の実習生たちは、声のしたほうへ手を振る、という応酬が続く。
「長尾ちゃん、ありがとう!」と呼ばれた長尾さんは、既に号泣している。

 それが、実習生たちへの、生徒たちからのプレゼント。「あなたを慕っていましたよ」という合図。
 三週間の疲れが吹き飛ぶ瞬間だ。
 その瞬間に、教採を受けないと豪語していた実習生が一転「教師になりたい」と言い始める――それくらいの心境の変化が訪れるのだ。

「それでは、全校集会を始めます」

 司会は梓。
 学園長代理だから、他の先生方に任せてしまえばいいのに、梓はそうしない。
 教員への授業や校務以外の負担は極力減らしたい、というのが彼女の考えで、雑務は梓がよく引き受けている。
 もちろん、学園長になってしまえば、そういう雑務ばかりを行うことはできないので、事務員さんを雇って業務を少しずつ覚えさせているようだ。

 梓の司会によって、一年生の実習生から順番に挨拶をしていく。長尾さんがまだ泣きじゃくっていたので、学園長代理に促されて、先に稲垣くんが挨拶のために演壇に登る。

「高一化学の指導をしていた稲垣です。教師になりたいと思い始めたのは、中学生の頃からでした」

 稲垣くんは穏やかな声で話す。
 警察官のお父さんに小さい頃から「お前も警察官になれ」と言われ続け、その反発心で教師を目指したこと。大学への進学は、本来なら許可されていなかったこと。進学する大学も勝手に決められていたこと。

「けれど、塾にいた一人の先生が、自分の苦手だった教科の点数を上げてくれて、さらに親を説得して、自分に、行きたい大学へ進ませてくれたんです。自分はその先生に、とても感謝をしています。だからこそ、自分はさらに教師になりたいと強く思うようになりました」

 懐かしい話。稲垣くんの昔話を、私は頷きながら聞いている。
 もちろん、その「塾の先生」が私であることは間違いないみたいだけれど、親に逆らってまで自分の道を進みたいと願ったのは、稲垣くん自身だ。私は、ただ、その背中を押しただけ。
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