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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第15章 しのちゃんの受難(九)
「……しかし、教育実習中に、教師以外の道もあるのではないか、と考えることがありました」
一年生から悲鳴が上がる。
え、あ、そうなの? 私も理解が追いつかない。
もしかして、私の後押しは迷惑だった? ちょっと冷や汗が流れる。
「幸い、自分が学んでいる学問は、化学教師以外の道にも通じています。それは、将来の選択肢を増やすように、と大学選びに協力してくれた塾の先生の言葉が間違っていなかったということです」
あ、良かった……そういう話、ね。
選択肢は多いほうがいい。化学の教師になりたいなら、教育学部だけではなく、免許を取得できる学部へも目を向けるべきだよ、と教えたのは私。
国立大学の理学部に合格したと報告しに来てくれた稲垣くんの笑顔は、忘れられない。
「今、何でこんな勉強をしているのか、不思議に思う人もいるかもしれません。勉強なんて将来の役に立たないと思っている人もいるでしょう。けれど、勉強したことはすべて、君たちの将来の選択肢を増やすことに繋がっているんです」
あぁ、いい別れの挨拶だ。
一年生の心にはきっと届くだろう。もちろん、二年生や三年生にも。
受験勉強に限らず、何かにつまづいたときに思い出してほしい言葉だ。
稲垣くん、きっといい先生になれるのに。
教育実習中に、何か心変わりをするような、大きな出来事があったのだろう。
けれど、稲垣くんの前にあるのは教師の道だけではない。それに気づけたなら、きっと大丈夫だ。