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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第17章 【回想】里見くんの始まりの日
「教育実習中は、あなたたちは学生ではなく、先生です。生徒たちにとってはただの教師です。学生だからという甘えがあるなら、今ここに置いていってください」
真面目な顔で話している学園長代理は、やはり、小夜先生を深く愛しているようだ。半年かけて、俺はそう結論づけた。
小夜先生の昔話をしているときの彼女の顔は、本当にデレデレで、小夜先生のことが好きで好きでたまらないと体中が発していた。今の顔とは全く違うのだ。
好きな人に好きだと言えなかった、不器用な人。日々募る想いに耐えかねて、アメリカに逃げたのだとしても、誰も責めることはできないだろう。
少なくとも、俺にはその気持ちがわかる。相手の魅力もわかるから。
「……それでは、三週間、有意義に過ごしてください。実習生の皆さんは、会議室に戻って、トイレ休憩をするなどしてしばらく待っていてください。朝の会議が終わったら、またしっかり学校運営の心得などをお話しますので。以上です」
五人が学園長室を出たあとに、学園長代理はただ一言、俺に有益な情報をもたらしてくれた。
「小夜ならもう来ているわ。すぐに準備室に行くはずよ」
「……ありがとうございます」
礼をして、学園長室を退室する。
そして、少し緊張の解けた実習生たちのあとを歩いていき、隣の会議室に入る前に職員室を覗く。
……いた。後ろ姿だけどすぐわかる。
小夜先生は、歩くエロこと木下先生と話している。たぶん、すぐに国語準備室に向かうだろう。
俺は鞄の中から、玉置珈琲館の紙袋を取り出す。持ってきていたビロードの小箱は、高村と別れたかどうかを見極めたあとで渡そう。
「あれ、宗介、トイレ?」
「ん。一応、先に行っておこうと思って」
稲垣には紙袋が見えないように会議室から出て、三階へと向かう。