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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第17章 【回想】里見くんの始まりの日

 国語準備室は、相変わらず小夜先生のプレートしかかかっていない。学園長代理も、小夜先生一人が使っている城だと言っていた。

 あぁ、ドキドキする。
 小夜先生は俺のこと覚えてくれているだろうか。
 俺と約束したことを覚えてくれているだろうか。
 高村とは別れた? まだ付き合ってる?
 俺が、小夜先生の心の中に入り込める隙は、ある?

「今日はしないけど、明日はやりますよ」

 階段から、小夜先生の声。生徒と話しているのだろう。登ってきている。すぐにここにたどり着くだろう。

 はやる心を落ち着かせて、何度も、何度も、深呼吸をして、会えなかった四年間なんて何でもないような顔をして、俺は。

「ん?」

 軽やかな足取り。手に持っている鍵が鳴る音。
 廊下をこちらに歩いてくる、小夜先生の姿を目に映した瞬間に――あぁ、目が、合ってしまった。

 ボブ、かわいい。よく似合ってる。
 相変わらず華奢で、小さな体。でも、声はよく通るし、重い荷物も平気で持つ。
 誰かに頼る前に自分で何とかしてしまう、頑固な人。
 運動は苦手で、寒がり。マラソン大会では、ダウンジャケットで着膨れする。良かったね、もうすぐ先生の好きな夏が始まるよ。

「おはようございます、篠宮先生」
「わ、里見くん?」

 小夜先生が、笑顔を浮かべて近づいてくる。
 もう、その笑顔だけで、俺は幸せだ。
 ……覚えて、いてくれた。俺のことを。
 忘れないで、いてくれた。俺のことを。

 俺の理性は、そんなことで、簡単に崩れてしまう。
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