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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)
「今年で二十九よ、私。早く結婚したいわ。篠宮先生はお付き合いしている人とは結婚するの?」
礼二のことだ。彼氏がいる、ということはご存知だったみたいだ。
それにしても、ついこの間別れたばかりなのに、彼のことを全く思い出すことがない。それくらい、濃い時間が与えられている気がする。
別れたと言ったら、仲間ができたと木下先生は喜ぶだろうか。
独身女同士で傷を舐め合ったら、婚期は遠ざかるばかりになりそうだ。
「実は別れてしまって」
「え、なんで?」
「もう五回目の浮気だったので、潮時かな、と」
「浮気、五回も? 酷い……誠実な人じゃなかったのは、残念ね。篠宮先生はよく耐えたわ。頑張ったじゃないの。次は報われるといいわね」
……あれ? なんか、想像していたのとは違う反応だ。
木下先生と恋愛について話したことはなかったけれど、いや、そもそもそんなに話したことがなかったけれど、こんなに穏やかに話す人だったのか。ちょっと驚いている。
木下先生は今年度は高一の数学を教えているのだけれど、前年度までは中等部にいて、なかなか話す機会がなかったのだ。中高一貫校ならではの、教師のすれ違いというやつだ。
「でも、ほんと、次に早く切り替えていかないと、二十九まであっという間よ。私みたいになる前に、早く結婚しちゃいなさいよ」
「……木下先生」
「うん?」
間近にGカップが見える。医者も弁護士も官僚も、きっと、この大きなおっぱいしか見ていなかったんだろうな。
そして、女子アナという肩書きに全員が釣られてしまった。
彼女がそういう馬鹿な男の手に落ちなくて本当に良かった。そう思う。
「今度、一緒に飲みませんか?」
「え?」
「私、先生ともっとお話ししてみたいです」
本当に、心から、あなたのことを知りたい。そう、思ってしまった。
木下先生は一瞬立ち止まって、頬を真っ赤にさせて――笑った。
「智子でいいわよ、しの先生」
世の中の男は、何でこんなに、女を見る目がないのだろう。
湿った風が吹き、緩いカールが傘の中でふわりと揺れて、木下智子先生は微笑む。
いや、かわいいでしょ、彼女。
私の中の違う扉が開きかけて、若干動揺するくらい、かわいかったのだ。