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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)

「篠宮先生はたまに準備室で寝ている、とか」
「……」
「篠宮先生はキュウリが苦手だ、とか」
「……」
「背が低いのを気にするくせに、履いているのはスニーカーばかりだ、とか」
「……」
「運動音痴だ、とか、色々ですよ」

 今学期中に抜き打ちで試験を実施しよう。ささやかな復讐だ。覚えていろよ、部員たち!

「慕われているんですね。羨ましい」
「……里見先生も慕われているじゃないですか」

 少なくとも、二年四組からは不満の声は聞こえない。今のところ、皆、里見くんに興味津々だ。

「俺は、珍しいだけですよ、教育実習生なんて。生徒はすぐ忘れます」
「そうですか?」
「はい」

 渡り廊下。すれ違う生徒たちに挨拶をしながら、私は笑った。

「でも、里見くんは教育実習生だった私のこと、覚えていてくれましたよね?」
「それは……小夜先生だから」
「嬉しかったんですよ、里見くんが、覚えてくれていて」

 里見くんは、受験で国語の点数を上げたいからと、国語準備室によく来ていた。そのとき、「教育実習で来ていた先生ですよね?」と、担当学年でもないのに覚えてくれていたのだ。
 嬉しかったなぁ。
 里見くんは廊下の真ん中で立ち止まって、口元を押さえている。

「どうか、しましたか?」
「あー……かわいすぎるから、今ここで小夜先生を抱きしめたいな、と」

 私は無視をして職員室へと戻る。
 背後から、「待ってくださいよ!」という声が追いかけてくる。

 昨日、梓が言っていたお見合いの話、智子先生に話せないか聞いてみないとなぁ。
 色ボケの誰かさんの話を聞く暇など、今はないのだ。
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