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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)

「化学の指導案進んでる?」
「宗介こそ、数学と総合大丈夫か?」
「俺を誰だと思ってんだよ」

 お互いの実習の話を聞いていたら、いつの間にか独身寮の前にたどり着いていた。
 二人の会話は終わりそうにない。
 稲垣くんは昨日来たのに、会話に夢中でマンションを素通りしている。

 ちなみに、校門を出てから私が二人の会話に加わった回数は、ゼロだ。
 それだけ、話すことが楽しかったんだなと笑う。

「じゃあ、送ってもらってありがとうございました」

 ペコリと頭を下げた瞬間に、二人は「えっ?」と叫んで振り向いた。そのタイミングまで同じとは、本当に仲がいい。

「え、あ、ほんとだ、着いてた」
「へぇ、先生はここに住んでいるんですか」
「もう大丈夫なので、二人とも気をつけて帰宅してくださいね。では、おやすみなさい」

 再度頭を下げて笑顔を浮かべる。
 二人は「しまったなぁ」という表情で私を見つめてきたけれど、まぁ、十五分仲良く話していたのだから仕方がないでしょう。

「では、また明日」
「おやすみ、しのちゃん」
「おやすみなさい、小夜先生」

 手を振ったあと、マンションのエントランスへ向かう。
 たぶん、私が部屋に着くまで二人は帰らないだろうなと思ったので、さっさとマンションに入る。
 後ろは振り向かない。

 さぁ、帰ろう。真っ暗な三〇二号室に。
 今日は何の豆を挽こうかな、と考えながら真っ暗な部屋に足を踏み入れた。
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