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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)

「小夜先生」

 二十時。教育実習生は帰宅しなければいけない時間。
 里見くんはパソコンを閉じ、荷物をまとめて私を見つめてくる。私はまだ佐久間先生から頼まれた仕事が終わっていない。

「……まだ帰らないのですか?」
「帰りたいんですけど……んー、やっぱり帰ります!」

 佐久間先生には悪いけど、もう少し待ってもらおう。絶対に明日必要というわけではなかったし。

 ……今日は自転車だけど、一人では帰りたくない。それが本音。

 礼二からのメッセージは、かなりの数になっているはずだ。
 ひっきりなしにスマートフォンが震えていたから。
 集中できなかった言い訳にしたくはないけど、やっぱり気にはなる。

 一度職員室に寄って佐久間先生に進捗状況を報告したあと、荷物を持って里見くんと玄関で合流する。

「稲垣、今日は先に帰ったみたいです」
「あ、そうなんですか」

 今日は二人の会話が聞けないのか、とちょっと残念に思う。私は聞いているだけだったけど、楽しかったのになぁ。

「じゃあ、さようなら」
「え」

 スタスタと歩き出した里見くんの背中に、思わず声をかける。

「あ、あの、今日は」
「……今日は?」

 立ち止まって振り向いた里見くんの顔を見て、私は気づく。意地の悪そうな顔をして、私を見つめる里見くん。
 ……わざとだ! わざと帰ろうとしてる!

「今日は、何ですか?」
「……一緒に帰らないんですか?」
「一緒に帰ってもらいたいんですか?」

 なんで、そんな意地悪な言い方をするんだろう。
 そりゃ、私だって、毎日好きだと言ってくれる里見くんの好意を踏みにじるような真似をしていない……とは言い切れないけど。確かに、好意を利用して、送ってもらおうと考えなかったわけじゃないけど。
 ん? これは、もしかして、私のほうが悪い? 里見くんに甘えている私が悪いのでは? 里見くんは別に悪くはない、ような気がしてきた。
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