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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)

 言い淀む私のそばまで里見くんがやってくる。

「小夜先生。一緒に帰りましょうか?」
「いや、よく考えると、私、里見くんに甘えすぎている気がしました。今日は大丈夫です」
「そうですか。甘えてもらっていいのに」
「そうはいかないので、自転車で帰ります。ありがとう。おやすみなさい」

 ペコリと頭を下げて、里見くんの顔を見ずに自転車置き場へと向かう。
 職員用の自転車置き場にある、私の普通の自転車。荷物を前カゴに入れて、ため息を吐き出す。

 私は、最低な女だ。最低だと思う。
 フラれてもまだ告白してきてくれるからといって、里見くんが傷ついていないとは限らない。
 いや、傷ついているはず。
 想いを込めた百人一首の歌にも返事を返さない冷たい女なのに、こういうときだけ里見くんを頼るのは間違っている。

 スマートフォンがチカチカ点滅している。メッセージは既に百件以上。最後のメッセージは『どうして返事をくれないの?』だった。
 どうして、こんな状況で返事を書けると思うの?

「しのちゃん、バイバイ!」
「さようなら」

 電車通学の生徒が多い学園で、自転車通学の子は少なく、挨拶をしたのは一人だけだ。
 自転車をこぎながら校門に向かい、暗闇の中、立ち止まっている人影に驚いて速度を緩める。

「……遅いですよ」
「……もう、帰ったかと思いました」

 腕を組んで不機嫌そうな顔のまま、里見くんは大きくため息を吐き出した。

「俺が、小夜先生を……好きな人を一人で帰らせると思いますか」

 ごめんね。ありがとう。
 ちょっと泣きそうになってしまったのは、秘密だ。
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