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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)
「……馬鹿じゃないの? 私が貸すと思う?」
「そこを何とか! 小夜はまだ俺のことを好きだろ?」
「情けない。フラれた女にお金の無心をするなんて、本当に情けない」
「どうしても必要なんだ! 十万が無理なら八万でも……!」
「絶っっ対にイヤ。無理」
頭が痛い。
正社員になってから、貯金していなかったの?
そのお金は何に使うの?
なんで、私なの?
口まで出かかった質問を飲み込む。
聞いてしまったら、駄目だ。
責任が生じてしまう。
里見くんも苛立っている様子で、礼二を睨んでいる。
「小夜先生、帰りましょう。無駄な時間を過ごす必要はありません」
「な、なんだよ、お前! お前が口出しする権利はないだろ!」
「小夜先生があなたのためにお金を準備する義務もありません」
「そりゃそうだけど! 惚れた男が困っているんだから、手を差しのべてくれたっていいだろ! 頼む、小夜!」
ああ、もう無理だ。気持ち悪い。
私が好きだった礼二は、もういない。それがわかっただけで、十分だ。
「礼二、帰って。近所迷惑でしょ。これ以上騒ぐなら、警察呼ぶよ」
「ちょっ、小夜!」
「里見くん、ありがとう。もう、いいです。帰ります。おやすみなさい」
警察、という言葉に、礼二はさらにうろたえる。
警察が民事不介入なのは知っているけど、冷静な判断ができない礼二には効果があったようだ。
本当に、馬鹿。
私に縋りついても無駄だとわかったのか、礼二は私と里見くんとを交互に見たあと、肩を落としながら、暗闇の中へと消えていった。