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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)
「念のため、メッセージは残しておいたほうがいいですよ。何かあったときのために」
「……はい。すみませんでした。見苦しいところを」
「別にいいですよ。これから高村礼二から連絡があっても、受け答えはしないほうがいいですね」
「……わかりました」
情けなくて本当に泣きそうだ。
里見くんは礼二が去っていったほうをじっと見て、小さくため息を吐き出した。
「中絶費用を元カノに無心に来るなんて、本当に最低ですね」
……里見くんもそう思うということは、やっぱり、そうなのだろう。十万円前後の金額、というのが生々しい。
大塚塾に、塾生とその親御さんが現れて、礼二が逃げたとするなら、稲垣くんが呼ばれたのもわかる気がする。
かつてのバイト先で、大変な修羅場が発生しているようだ。
「送ってもらってありがとうございました。おやすみなさい」
「どういたしまして。おやすみなさい」
エントランスへ向かおうとした私に、里見くんが声をかけてくる。
「小夜先生。彼があんなふうになったのは、先生のせいではありませんよ。最初から、そういう人だったんです」
「……そう、だといいんですけど」
「あんまりご自分を責めないようにしてくださいね」
優しいね、里見くんは。
その優しさに甘えてしまえば、きっと楽になれるのに。
エントランスからエレベーターで三階まで行き、真っ暗な部屋に入る。
礼二に合鍵を渡していなくて良かった。心の底からそう思う。