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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)
鍵をかけた玄関の扉に背中をあずけると、足の力が抜けて、背中がずるりと扉を滑る。
冷たい玄関にへたり込んだまま、私はため息を吐き出す。
礼二も、私の優しさを――優柔不断さを、利用したのかもしれない。
怖い。
怖かった。
里見くんがいなければ、言われるままに十万円を手渡していたかもしれない、自分が怖い。
終わった恋なのに。終わらせた関係なのに。どうしようもない男なのに。
どうして、こんなに、悲しいんだろう――。
「音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の 濡れもこそすれ」
噂に名高い高師浜のあだ波には、かからないように気をつけておかないと、袖が濡れてしまう。
同じように、浮気者だということで高名なあなたの言葉も、心にかからないようにしておかないと、涙で袖を濡らすことになってしまう。
プレイボーイにご用心。あとで泣きたくなければ、ね。
それでも、涙は出ない。
礼二のために泣く涙は、ないのだ。