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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)
「南総里見八犬伝の作者は?」
生徒たちが国語便覧や辞書などを手に、思い思いに資料のページをめくる音を聞くのが好きだ。
ピラピラガサガサザッザッ、そんな音が落ち着いた頃、一人必死でまだ探しているのは、持参したパイプ椅子に座った教育実習生、里見宗介だ。私が貸した国語便覧を必死でめくっている。
「……里見先生はまだ見つけられないみたいなのですが待っていられないので――近藤さん、作者は?」
「滝沢馬琴です」
指名された女子が資料の中にあった名前を読み上げる。中高生の大抵の資料にはそう書いてある。
「半分正解で、半分間違いなんですね、それ。馬琴は自ら滝沢馬琴だと名乗ったことはありません。滝沢馬琴以外に、書いてある名前はありますか?」
挙手をする生徒が何人かいる。
里見くんもようやく見つけたようで、挙手をする。当ててほしそうにこちらを見てくるので、苦笑する。
「では、里見先生」
「はい。曲亭馬琴、です」
曲亭馬琴、と板書する。
古典の時間。
わずかな時間を取って、古典の知識を生徒たちに教えるのが好きだ。
少しでも、昔の物語に興味を持ってもらいたい。
少しでも、受験のための知識としてもらいたい。センター試験向けというよりは、二次試験向けだけれど。
「曲亭馬琴は、もちろんペンネームです。曲を『くるわ』、亭を『で』、馬琴を『まこと』と読めることから、くるわでまこと……『廓で誠』と解釈する説もあります。さて、廓(くるわ)、とは何でしょう?」
廓、と板書しながら、便覧には載っていないかもしれないなぁとふと思う。
漢和辞典のほうになら載っているかもしれないけど、今日は漢文ではなく古文なので、辞典は誰も持ってきていないかもしれない。
「廓で誠……この字を見て、何に使われる字かわかったら、上等です」
「しのちゃん、ないよー!」
「じゃあ、これならわかりますか?」
廓の上にマルを書く。〇廓。勘のいい子はいるかしら。高校生にはまだ早いかな。