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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第5章 しのちゃんの受難(三)
す、と里見くんの手が伸びる。教室内で一人だけだ。いや、たぶん、内藤さんはわかっていると思うけど、女の子には言いづらいだけなんだろう。
里見くんだけが挙手していることに気づいた生徒たちはざわつき始める。まぁ、いいか。
「里見先生」
「遊廓ですね」
「正解です」
マルを消して、遊、を板書する。意味がわかった男子はニヤニヤしている。
「遊廓で誠。遊廓で真面目に遊女に尽くしてしまうことを指しています。遊廓において、真面目になる男は、駄目な男――野暮、と言います。そういう、野暮な男なんです、と馬琴は言っているのではないかと一部では言われています」
「しのちゃん、遊廓って?」
質問してきたのは男子。たぶん、遊廓が何なのかは知っているのだろう。
さて、ソープと言っていいものかどうか一瞬悩む。
ソープで通じるかどうかもわからない。
高校生らしく、もうちょっとソフトなほうで説明するか。
「キャバクラみたいなものですよ。キャバ嬢に真面目に愛を語っても、キャバ嬢が落ちることはないので、野暮なことはしないようにね、下山くん」
「へーい」
「ちなみに、野暮の反対語は『いき』になります。たまに試験に出てくるので、覚えておきましょう。江戸時代の文化ですね」
廓で誠を通すような野暮な男なんです――馬琴はそう言うけれど、そんな客に心乱された遊女もいるかもしれない。
愛を語ることを愚かと言われる場所で、本気で恋をした人がいたっていいじゃないの。
七分間の小話は終わり。授業に入ろう。
「今日は源氏物語、若紫から……大好きな藤壺とそっくりな女の子を見つけて、自分のものにしてしまう話です。では、一文ずつ音読を」
私は、馬琴より光源氏のほうが余程変態だと思っているので、そう感じるのかもしれない。
里見くんは私の国語便覧を楽しそうに読んでいる。次回の小テスト、彼にも解いてもらおうと思いながら、生徒の音読に耳を傾ける。
いつの時代になっても、恋の形に、決まりなんてないのに。
私の恋は、どうしてうまくいかないのかしらね。