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Oshizuki Building Side Story
第2章 Shooting the moon

「衣里……」
陽菜の目が、悲しげに揺れた。
だけど陽菜に、私の中の結城を見つけて貰いたくなくて。
なにも変わっていない自分でいたくて。
「ごめん、陽菜。打ち合わせの時間なんだ。またね」
……そう、陽菜の口から出る結城という存在を、私は恐れているんだ。
陽菜の中に根付く、結城が与えた愛の輪郭を。
陽菜は愛されているという現実を。
あの時、そう……結城が真下の家に来た時。
私は……頭を下げて私を貰いに来た結城に、心動かされた。
そう、私を真下の家から連れ出してくれた雅さんと同じような、奮える心を、確かに感じた。
……その正体を、突き詰めたくない。
私は雅さんが好きで、結城は陽菜が好きで。
それでいい。
なにも変わりたくないから。
私は、傷つきたくないから。
だって――。
ひとの心がそんなに早く変わるのなら、今まで雅さんに向けていた想いが、消えてなくなるじゃない。
真剣に雅さんを愛していた私の九年を、こんな僅かな期間で失いたくない。たとえ雅さんから気持ちを貰えなくても、それでも私は、雅さんだけを愛していきたいの――。
「衣里……っ、あたしはそういうつもりはない。あたしの大好きな友達が一緒になるのなら、あたし喜んで応援……」
ぎり、と胸が軋んだ音をたてて、私は陽菜に振り返る。
「……陽菜にはわからないよ。愛するひとから想われなかった気持ち。そんな簡単に次に乗り越えられるような、そんな恋愛していたわけじゃないんだよ。私も、結城も。……簡単に、言わないでくれる?」
「衣里、ちょっと待って、衣里っ」
私は、大好きな友達を置き去りにした。
罪悪感に胸がぎりぎりと痛むのは、陽菜じゃない。陽菜に八つ当たりをしてしまった私の罪悪感に他ならない。
陽菜。
結城はあんたを好きなんだよ。好きだからあんなに泣いているんじゃないか。私を気にするのなら、どうか結城を。辛くてたまらない結城を、幸せにしてあげてよ……。
結城を本当に笑顔にさせられるのは、私じゃない。
陽菜なんだから――。

