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サキュバスちゃんの純情《長編》
第4章 過日の果実

「申し訳、ありませんでした」

 その言葉は、今、聞きたかったんじゃない。
 あのとき、台風の中、大しけの海に身を投げた叡心先生を、波間に沈む手を、掴めそうだったのに、私を羽交い締めにして取り押さえた、水森貴一本人から聞きたかった。
 一緒に連れて行ってと泣き叫ぶ私に、すまなかった、と、ただそれだけで良かったのに。

「……私は、水森貴一を絶対に許しません」
「はい」
「でも、水森貴一の責任は、あなた方子孫にはありません。私に謝らないでください」
「……はい」
「叡心先生の絵を、今まで大事に保管してくださって、ありがとうございました。それが贖罪だと考えていただければ、それで構いませんので」

 もう終わったことで、誰かを責めることはしたくない。叡心先生も、そんなこと望んでいないだろう。

「あ、それから、またもしポストカードを作ることがありましたら、一枚いただけると嬉しいです」
「では、そうします」

 コーヒーを飲み干して、席を立つ。あぁ、またあの炎天下の中を歩くのは嫌だなぁ。冬は苦手だけど、夏も苦手になりそうだ。
 会計へ向かいながら、水森さんが笑う。

「また、話を聞かせてください」
「嫌です」
「そうおっしゃらずに」
「私、あなたのことが嫌いなんです」

 斜め上を睨みつけると、優しい視線とぶつかった。

「僕はあかりさんのこと、結構好きですけど」

 は? な、な、に、それ!
 どさくさに紛れて……なに!?

「血は争えませんね」

 会計をすませている水森さんの後ろを通って、そそくさと外へ出る。むわっとした都会の夏の熱気が私を包む。暑い……暑すぎる。
 喫茶店の中をチラと見て、水森さんを待つ道理はないと判断する。
 ストローハットをしっかりかぶって、私は走り始める。

 あぁ、もう、本当に大嫌い!
 もう、二度と、水森の人間とは会いませんように!

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