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サキュバスちゃんの純情《長編》
第5章 恋よ来い
コーヒーを一口飲んで、荒木さんは笑う。
「でも、俺自身は月野さんの初恋の人じゃない。月野さんは、俺を通じてその人を見ているんだね」
「……すみません」
「いや、いいよ。想い出は綺麗だからね」
だから、つらいのだ。
日向さんが荒木さんと親しくしていると、叡心先生が取られたみたいで、苦しい。嫉妬してしまう。醜い気持ちが生まれてしまう。違うとわかっているのに。本当に馬鹿みたい。
「その人、亡くなっているんでしょ?」
「……はい」
「やっぱり。じゃあ、仕方ない。俺を見てその人のことを思い出せるなら、いつでも見てくれて構わないから」
荒木さんは優しい。優しすぎる。
誰も叡心先生の代わりになんてならなくて、それでも、私は彼の姿をずっとずっと探している。馬鹿みたい。本当に馬鹿だ。
「何でだろうね。俺、月野さんをどこかで見たことがあるような気がしていたんだ」
「……今さらナンパですか?」
「ハハハ。それは面白いな。でも、初恋の人の生まれ変わりじゃないもんね、俺。月野さんより歳上だし」
私、ほんとはずっとずっと歳上ですよ。
でも、たぶん、勘違い。それこそ荒木さんの、勘違いだ。
「どこで会ったことがあるんだろう? でも、俺の記憶違いなんだろうなぁ」
「そうですよ。私、荒木さんに似た人は知っていますけど、荒木さんにはサキタで初めてお会いしましたから」
「だよね。うん、俺の勘違いだね」
それにしても、ここのレアチーズケーキ美味しいなぁ――そう荒木さんは笑う。その笑顔を見ているだけで、私は幸せだ。幸せなのだ。
手に入れたいだなんて、思っちゃいけない。
好きだと言って、困らせちゃいけない。
本気に、なっちゃいけない。
荒木さんには荒木さんの、彼の人生があって、それは私とは交わらない。
それでいい。
私はもう、誰とも一緒に生きてはいけないのだ。