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サキュバスちゃんの純情《長編》
第7章 傷にキス
佐々木先輩は火曜日も休み、水曜日から職場に復帰した。
月曜火曜の仕事の終わらなさから、「佐々木 良子(よしこ)がいないと自分たちが大変だ」ということに、派遣さんたちはようやく気づいたらしい。先輩の仕事量を目の当たりにして、誰もが無言でパソコンに向かうしかなかった。それを一人で正確にこなしてきたのだから、本当に、彼女は「デキる人」だったのだ。
そして、二日間文句ばかり言っていた派遣さんは、水曜日に現れた佐々木先輩の顔を見て、その文句を飲み込んだ。
佐々木先輩の綺麗な顔と細い体は、無惨な状態になっていたのだ。
先輩の隣に座る私は、それに気づかないフリをすることもできず、「あんたが聞いて!」という派遣さんたちの無言の圧力にも逆らうことができなかった。
でも、本当に、ただ、心配だったのだ。
「……佐々木先輩、その、目が」
「うん、酷いでしょ? 冷やしても冷やしても腫れるの。眼帯は私には合わなくて。見苦しいかもしれないけど、気にしないで」
目の周りの青い痣。頬や口元にもいくつかの傷。細い手足にも包帯。階段で転びました、というレベルではない。どこからどう見ても、誰かから暴力を受けたようにしか見えない。
「あの、それ、誰から?」
「元旦那。ま、詳しいことはあとで話すわね」
佐々木先輩は淡々と仕事をこなす。社員さんたちからの好奇の視線をものともせず、派遣さんたちの内緒話にも動じず、いつも通り。いつも通りすぎて、怖いくらいだった。
「たまたま出かけた先で元旦那に会っちゃって、こうなったの。元々、暴力が原因で離婚したんだけど、今回はもう他人だから、きっちり被害届出してやったわ」
昼休憩。ほぼ誰もいないオフィスで、私たちはたいてい二人で弁当を食べる。佐々木先輩はいつも通り彩り鮮やかなお弁当を広げて、得意げに笑った。
けれど、その続きは少し言いづらそうにしながら、ゆっくりと言葉を選びながら話し始める。
「それを目撃した息子が、ショックのあまり熱を出しちゃって……今日は熱が下がったのに『離れたくない』ってぐずるのよ。でも、仕方ないのよね……稼がなきゃいけないんだから、泣く泣く保育園に預けてきたわ」
幼い息子さんの目の前で、最愛の母親が父親から殴る蹴るの暴力を受けたのだ。それはショックだろう。怖くて離れたくなくなるのも無理はない。