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サキュバスちゃんの純情《長編》
第9章 記憶と記録
「部屋までついていきたい」「無理ならせめてランチを一緒に」と言う翔吾くんを拒否して、キャリーバッグを引きながら部屋まで帰ってきた。
時刻はまだ昼過ぎ。途中のコンビニで昼食のスパゲティを買っておいたので、あとで食べよう。
キャリーバッグの中身を出して、汚れ物は洗濯機に放り込み、軽井沢から持ち帰った食材は冷蔵庫に入れ、冷房を入れながら部屋を掃除する。その後でシャワーを浴びて、ソファに横になる。
「……疲れたぁ」
本当に、疲れた。癒やしを求めたのに、双子に振り回された夏休みだった。充実していないわけじゃなかったのだけれど、いろいろありすぎて、疲れた。
明日からまた仕事かぁ……荒木さんには会いたいけど、行きたくないなぁなんて思いながら、ソファで伸びをすると、足元でガサリと紙袋が音を立てた。中身は水森さんからもらった叡心先生の画集だ。これでも見ながら、癒やされよう。
一冊取り出すと、見返りの裸婦像。私の姿が目に入る。そして、「水森家収蔵、村上叡心画集」の文字。ほどほどの厚みがある画集は、きちんと印刷所で印刷した、美術館で売っているパンフレットのようなものだ。
ページをめくると、最初に村上叡心の生い立ちや略歴のようなものがあり、水森家にある絵の写真とその説明が続く。
生い立ちの中に『ミチと結婚』という文字を見つけ、ニヤニヤしてしまう。村上叡心という画家の半生の中に、私が存在していたのだと刻まれているのだ。嬉しくて仕方がない。
ページを進めながら、叡心先生との思い出とともに、描かれた瀬戸内の町のことを想う。ここはあそこの坂。ここはお寺、桜、猫。そして、滅多に荒れることのない穏やかな海。
町の人々とともに浮かび上がる、私と叡心先生の故郷。
来月の命日には毎年恒例の墓参りをしなければ。