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サキュバスちゃんの純情《長編》
第9章 記憶と記録
「あぁ、懐かしい……」
夜の灯りの中に浮かび上がる、妖艶な一人の娼婦。客を誘うその女は、私だ。
初めて叡心先生が私を描いた絵。
先日の展示会にはなかった絵だ。
『叡心が初めてミチを描いた作品。このときはまだ妻ではない』『水森貴一が初めて画廊で村上叡心の絵と出会った』と説明書きがある。水森貴一は、この絵を最初に求めたのか、と驚く。
そうか、これが悲劇の、最初の絵だったのか。私と叡心先生を結びつけた絵が、皮肉にも水森貴一をも呼び寄せたということだったんだ。
画集は、叡心先生の年齢とともにページが進んでいく。
先日の展示でも見られた絵もあるけれど、展示していなかった絵もあり、懐かしさが込み上げてくる。けれど、やっぱり、後年の絵は見るのがつらい。叡心先生の苦悩と葛藤の塊だから。
でも、これは間違いなく、叡心先生の「生」だ。叡心先生が生きている……そうだ、生きているのだ。
最後に、水森千恵子さん……水森さんのお祖母様の寄稿があり、画集は終わる。
『村上叡心は、故郷の瀬戸内の町とそこに住む人々を深く愛していた。彼の描く絵は、町と人のどちらもが主人公であり、見事に融合している。人物画でも風景画でもない。どちらかが欠けると意味を成さなくなるものなのだ』
『そして、同じくらいの深い愛情で、妻のミチを描き続けた。ミチの絵だけは、人物画――彼女が主人公だ。村上叡心は、妻だけに惜しみなく愛情を注ぎたかったのだろう。死の直前まで、彼女の美しさと彼女への愛を絵に描いたのだ』
千恵子さんは、そう評する。故郷と私への愛が溢れる絵、そして画集だと。
知らない間に涙が頬を伝っていた。ティッシュを取って、画集が濡れないように慌てて涙を拭く。
……大事にしよう。先生の愛も、生も。