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サキュバスちゃんの純情《長編》
第9章 記憶と記録
涙を拭いて、冷凍庫から保冷剤を出してガーゼに包んで目に当てる。明日は酷い顔で出社しなければならなくなってしまう。それはマズい。
ふとテーブルの上を見ると、スマートフォンの通知ライトが点滅している。
誰だろう?
「あれ、佐々木先輩?」
休日に佐々木先輩から連絡があるなんて珍しい。何かミスがあっただろうか。それとも、明日の通達事項?
慌ててメッセージを読んで、「へ?」と声が漏れる。我ながら、素っ頓狂な声だった。
だって、仕方がない。だって、佐々木先輩が。
『お疲れ様です。月野さんには先に伝えておきたくて連絡します。結婚する羽目になりました』
結婚!?
佐々木先輩が、結婚ですか!?
とうとう息子さんが彼のことを「お父さん」と呼びましたか!
しかし、結婚する「ことに」ではなく「羽目に」と表現するあたり、佐々木先輩の結婚が意図したものでないことは明らかだ。溜め息をつきながら「私はしなくても良かったのに」と愚痴を吐き出す彼女の姿が思い浮かぶ。
『詳しくは明日の昼にでも話します』
話してくださるなら聞きたいです! 是非!
仕事のできるシングルマザーの心を射止めたのがどんな人物か、興味がある。非常に興味がある。
でも、何はともあれ。
『おめでとうございます。明日、楽しみにしています』
メッセージを送る。
明るいニュースに、嬉しくなる。結婚しても、仕事は辞めないで欲しいなと思いながら、私は目を閉じる。
ご飯もシャワーも何もかも、明日の朝。
今夜はもう、何もしたくないのだ。