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サキュバスちゃんの純情《長編》
第2章 週末の終末

「おめでとう。お見合い?」
「常務の娘だよ。一方的に決められてた。もう断る空気じゃなくて」

 宮野さんは溜め息ばかりついている。なるほど、望んだ結婚ではなかったということか。

「でも、うまく行けば出世できるんでしょう?」
「うまく立ち回れば、ね。その代わり、一生、常務にも結婚相手にも頭が上がらない生活になるけど」

 窮屈な生活を強いられるはめになりそうだ、と宮野さんが嘆く。嘆きながら、私の様子を窺っている。
 ブレンドにスティックシュガー一本、温かいミルクを少々落として、一口。柔らかな酸味が口に広がる。ヨボヨボのおじいちゃんが淹れてくれるコーヒーは絶品だ。この店を教えてくれた宮野さんには感謝しなければならない。

「じゃあ、関係は今日で終わりにしようね」
「あかり」
「面倒だから不倫はしないよ。わかっていたでしょ?」
「まぁ、そうだけど。少しは……気にかけてくれたって、ねぇ」

 宮野さんの歯切れが悪い。彼はそういう性格だ。だから、常務に押し切られる形で結婚が決まったのだろう。
 私としては、搾り取れなくなる精液を案じるくらいなら、新たな精液を見つけるほうが建設的だし合理的だ。

「……いいよ、わかってるよ。あかりの性格も、ポリシーも。だから、一晩だけ、俺に時間をちょうだい」
「一晩? 泊まるってこと?」
「俺の部屋。綺麗に掃除したから……今日はホテルじゃなくて、俺の部屋に来て」

 一応、何かあったときのためにトラベル用の化粧品なんかは持っているけれど。下着は入れていなかった気がする。しまったなぁ。またコンビニか。次から下着も準備しておこう。

「いいけど、婚約者と鉢合わせだけは勘弁してね」
「大丈夫。まだ合鍵は渡していないから」

 宮野さんは嘘はつかない。嘘がつけない、実直な人だ。だから、信用できる。
 今日私と会うのだって、常務から「もし他の女がいるなら、早めに関係を清算しろ」と言われたに違いないのだ。それを素直に受け入れてしまえる人が、宮野さんだ。「夫」には相応しいのかもしれない。

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