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サキュバスちゃんの純情《長編》
第11章 幸福な降伏
外は暑い。空気が揺れ、汗が吹き出る。湿度も高く、蒸し暑い。
昔はこんなに暑くなかった、と思う。ビルがたくさん建って自然がなくなったせいなのかもしれないし、温暖化現象とやらのせいなのかもしれない。不勉強な私にはよくわからない。
ただ、青信号を待っている間におばあちゃんから「暑いですねぇ」と話しかけられたら、それに応ずるくらいには暑くなったなぁと思うだけだ。
都会ではあまり蝉の声は聞かないけれど、箱根も軽井沢も大合唱だったことを思い出す。あそこには自然が残っている。それだけでホッとする。
湯川先生と、翔吾くんとの思い出も、残っている。それは幸せな気分になる。
ちょっとしたお使いから会社に戻り、冷房の中に身を投じるこの瞬間が好きだ。ヒヤリとした空気が気持ちいい。
五階の営業部まで、階段とエレベーター、どちらを使おうか悩んで、エレベーターのボタンを押す。軽やかな音を立ててエレベーターがやってきたので、後ろに並んでいた人と乗り込む。
「何階ですか?」と笑顔で尋ねようとして、その笑顔が凍る。夏、なのに。
「五階でいいよ」
「お、お疲れ様デス、荒木さん」
「そんなに怯えなくても。会社で取って食ったりしないから、安心して」
食う気満々な雰囲気でそう言われましても! 近づきながら匂いを嗅がれましても!
「今は、ね」
ほら! もう隠す気なんてないでしょ、荒木さん! それ以上は、近づかないでいただけると、ありがたいのですが!
「うん、甘い。そんなに興奮しなくてもいいのに、月野さんも好きだねぇ」
「好き!? では、ないのですが……っ」
「俺のこと、翔吾や健吾に相談していないでしょ。しないの?」
「しない、デス……はい」
エレベーター、上がれ、上がれ! 早く五階まで連れて行って!
同じエレベーターに荒木さんが乗るときは、階段を使おう。階段には冷房がなくて汗だくになってもいいから、そうしよう。
「じゃあ、俺から二人に言ってもいい? 月野さんと付き合いたいって」
「それはっ!」