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サキュバスちゃんの純情《長編》
第12章 性欲か生欲か
商店街の入り口から少し入ったところにある甘味処に入り、本わらびもちを頼んで石臼を挽くか、うさぎの耳を模した団子を食べるか、悩む。この時期限定の巨大なかき氷も捨てがたい。
うんうん悩みながら、結局、団子と抹茶オーレのセットを頼む。
レトロで落ち着いた焦げ茶色の店内で、オルゴールの音を聞きながら、甘味を食べるのが毎年のイベントになっている。甘味処の新規開拓は、このあとのイベントだ。
商店街を歩く。
刃物の店、金物屋、カフェ、定食屋、ラーメン屋にお好み焼き屋……いろんな匂いがする。
大和湯を改築した土産物屋は、本当に懐かしくて、涙が出そうになる。叡心先生と通ったときのことを、否が応でも思い出してしまうから。
画廊はもうない。水森診療所もない。線路の向こう側にあった、私たちが過ごした絵の具だらけの古い家も、もうない。
――のに、思い出だけが、ここにある。
行列のできるラーメン屋の横を通り、海へ向かう。雨はまだ降っていない。
水森診療所があった場所から叡心先生が身を投げた船着き場まで歩くのが、毎年のルートだ。
百年前は息を切らして走った道を、今は歩く。ゆっくり、ゆっくり。新しい店を見つけながら。古い店に顔を出しながら。
兼吉渡しは、まだ営業している渡船場だ。
車や自転車が小さなフェリーに乗って、目の前にある向島に渡っていく。トットットッという船独特の音、ザバンザバンと揺らぐ波の音が耳に心地良い。
いつの間にかウッドデッキができていた。ベンチもあるけれど、私は防波堤にもたれてぼうっとしながら、その小さな海を眺める。台風の影響か、少し波が高い。風もある。