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サキュバスちゃんの純情《長編》
第12章 性欲か生欲か

小さな海を、何度もフェリーが往復する。夕方なのにだいぶ薄暗くなってきた。波が高くなる前に帰宅を急ぐ人々を眺めながら、私は何度もハンカチで涙を拭う。
叡心先生を喪ったときと同じくらいの悲しみが胸に広がっている。毎年、こんな気持ちになる。これを癒やすことができるのは、たぶん、二人しかいない。
会いたいなぁ、と思う。
湯川先生と翔吾くんに会いたい。
今、無性に、二人に会いたい。
いつかは、私がサキュバスだということを伝えなきゃいけない。老いのない体、精液がないと生きられない体だと、伝えなければならない。村上ミチだったと、沖野旭の情婦だったと、伝えなければならない。
そのとき、二人はなんて言うだろう。
「騙したのか」と罵られるだろうか。
「バケモノ」と蔑まれるだろうか。
幸せな場所から追い立てられて、また、私はゼロから人生を始めなければならなくなるだろうか。
あぁ、でも、そうなったら、もう生きる必要はない。潔くこの海に沈もう。夫と一緒なら、きっと寂しくはない。
百年も好き勝手に生きてきたのに、虫のいい話だと思われるかもしれないけど、叡心先生はまた私を妻に迎えてくれないかな。多くは望まない。そばにいられるだけでいいんだけどな。
ポツリ、頭に冷たい水滴が落ちてきた。雨だ。降り出したみたいだ。
雨粒が地面を打ち、次第にあたりの色を変えていく。潮の匂いが雨に邪魔されて薄らいでいく。
あぁ、今日はここまでにしておいて、ホテルにチェックインするかなと思ったときだ。
「あかり!」
どん、と軽い衝撃が背中に響く。ふらりと倒れそうになっても、倒れない。
……え?
私の腰に、腕。誰かが背中から私を抱きしめているのだ、と気づく。
「濡れるよ」
そして、頭上に傘を差し出してくる人の顔を見て、私は文字通り、絶句した。

