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第1章 餅つき
二人と共に市九郎の元で過ごした八尋が、名目上の父親である。
だが、市八本人には、八尋と血のつながりがないことなどは一切伝えていないらしい。

二人の父親の名を一字ずつ取って市八とした、と聞き、またその利発な眼差しや意思の強そうな顔、はきはきとした喋り方は亡き市九郎を彷彿とさせ、二人は事ある毎に昔を思い返しては懐かしさに浸る。

「つき立ての餅、持ってきたよ!」

部屋に入ってきた市八は、鉢をどんと畳に置いた。

「おぉ、ありがたや。辛味餅か!」

「いいねぇ。つきたてならではだ。」

「明日は母ちゃんがぜんざい作ってくれるって。そしたらまた持ってくるよ。」

「よく礼を言ってくれ。」

つきたての柔らかい餅に大根おろしがよく絡んで、美味い。

「昔、よくついたよね。」

「儂等は見とるだけだったがの。」

辛味餅を頬張り、もぐもぐと咀嚼しながら兵衛が笑う。

鷺は目が見えず、兵衛は足が悪い。
餅つきなど到底無理な話だった。

「儂等につけるのは尻餅がいいところよ。」

落語を引き合いに出して豪快に笑う兵衛に、鷺もつられて笑った。

※ 貧しく引きずり餅を頼めない夫婦が、見栄を張るために夜中に夫が妻の尻を叩いてあたかも餅をついている風を装う落語。
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