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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
時間になり、ステージに移動した。
勿論あたしと早瀬は、着ぐるみを着たまま楽器を持って移動。手だけ外して、あとはもこもこなうさぎとりすだ。
「俺、本当にうさぎとりすとステージに立つんだ……」
「細かいことは気にしない。時間があれば裕貴くんの分も見つけて上げたかったけど、ごめんね。あたし達だけが着て」
「いらねぇよっ!! そんなの着てギター弾いて歌歌ったら、俺速攻笑いものにされる」
「されないよ! インパクト大」
親指を立てて見せたら、裕貴くんは複雑そうに言った。
「確かにインパクトはこの上なく大きいけどさ……」
前のバンドが終曲に向かい、裕貴くんが係員に連れられ別の場所に移動した。バンド参加ということではあったけれど、メンバーが急遽変わったため、変わらぬ裕貴くんだけがフロントに立たないといけなくなったらしい。
つまりあたし達は、ソロの後ろで演奏するバッキングのように、目立たない入りをしないといけなくなったのだ。
ステージに上がって歌っている少女は活き活きとしていて、見ているだけで興奮するが、何年ぶりかの演奏者の立場であるのなら、妙に緊張してきてしまった。
曲構成も打ち合わせもすんでいるというのに、ほぼ指を一本ずつ鍵盤に置けばいいように、早瀬が作ってくれたというのに、弾けなくなったあの絶望感が恐怖と不安となって、あたしの胸に押し寄せてきた。
弾けないというトラウマが。
あたしの手が震えた。
今のあたしを家族が見たら、鼻でせせら笑うだろう。
〝電気の玩具がピアノのわけないでしょう?〟
〝触れれば音がなるそんなものに1指乗せて、それで音楽だって?〟
〝指一本で弾いているとでも?〟
ぐるぐると回る。
クラシックこそが至高の音楽だと思っている彼らの声が。
蔑むように、嘲笑うように、あたしひとり残して彼らはいつものように対岸から、指の動けないあたしをきっと――。
「大丈夫」
早瀬の声がした。
「俺が野次を飛ばさせねぇから」
……りすだけど。