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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
 

「お前はお前の奏でる音楽に誇りを持て。お前の人生に、家族は関係ねぇ」

「……なんで家族のことを考えていると……」

 次第に、ざわついていた心が落ち着きを見せ始めているのは、早瀬の声のトーンゆえなのか、それともりすだからなのか。よくわからないまま、疑問をぶつけた。

「お前は家族のことを考えて劣等感を抱いている時、左手の中指の爪を右手で弄る癖がある。そんな風に」

「!!」

 今まさに、あたしは爪をかりかりと引っ掻いていて。
 そんな癖があったなど、あたしも知らなかった。

「音楽は心を反映する。だから俺は、お前の家族の音楽は決して認めねぇよ。あんな……ひでぇ奴らの音楽など」

 声のトーンが低く沈められた。

 ……彼はあたしの家族と仕事はしていないはずだ。
 だとすれば、九年前にあたしが話したことについて?
 
 その表情はかぶり物でわからないけれど、その声に憎しみすら込められているように思えて、なにか気になってしまった。

 そこまでのことを話したことはない。
 だとすれば、早瀬の反応はなに?

「ねぇ、あたしの家族に「俺、お前に音楽を楽しいと思って欲しいんだ」」

「え?」

「……俺が、お前に教えて貰ったように」

 心が、ずきんと痛む。

 ねぇ、どうして。
 どうして九年前のことを持ち出すの?

「音楽を好きで居て欲しい。仕事だからではなく、お前自身が」

 冷たいあたしの手に、温かな早瀬の手が触れ、

「……っ」

 そしてぎゅっと握られた。
 払おうとしたが、早瀬が強く握って抵抗が出来なかった。

「俺は言葉が苦手だ。俺の言葉で、絶対に傷つけたくなかった……この世で一番大切な女を傷つけてしまったから。傷つけなければならなかったから」

 頭を鈍器で殴られたように、ぐわんぐわんとする。

 彼は今、なにを言った?

「自分勝手だということはわかってる。また傷つけたくなくて、なにも考えさせずに強引にことを進めてしまうけれど、俺にだって……伝えたい言葉はあったんだ。……九年前から、あんな形ではなく――」
 
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