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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
心臓が、どくどくと大きな音をたてている。
走馬灯のように九年前の思い出が回る。
笑う早瀬。
切なそうな早瀬。
あたしが好きだった早瀬がそこにいるのに。
――性処理でもいいって言うなら、抱いてやるけど?
心が痛いよ。
ナイフのような鋭利な刃物が、あたしの心臓を貫いたかのようで、痛くて苦しくて呼吸が浅く乱れてしまうんだ。
それなのに、頭の中で元凶ともなる不可解な言葉が回って。
〝この世で一番大事な女〟?
それ、なに?
「今更だけどな。……お前に嫌われているのは十分わかっている。俺が口に出した言葉に、弁解もする気はねぇけど、それでも今、一緒に音楽をやりたかった。昔みたいに」
「……っ」
なにを言えばいいのかわからない。
だけど、無性に早瀬の声に心が絞られるようで。
「決してお前の指をからかって弾かせたかったわけじゃねぇ。怒らせたいわけではなかった。お前の……楽しそうに笑った顔が見たかったんだ」
――須王、ねぇ今日はこれ!
――マジにこれ、読譜するの? お前鬼だな!
――あははは、これあたしが好きな曲だから、おすすめ。
――柚が好きな曲……。難しすぎるって!!
――あははは、須王、頑張って!
「まるで信用できねぇかもしれねぇけど、それだけは信じて欲しい」
なぜ……涙が出るの。
ねぇ、この男はあたしを傷つけて人生を狂わせた。
どうして今までのように、嫌悪感に身震いしないの。
「……なんて。十七のガキに説教されて、しかもこんな被り物をしてねぇと言えねぇなんて、俺も不器用通り越してクズだけど。とにかく、今は……楽しんで貰いたい。鍵盤から逃げないで。俺がカバーするから」
どうしてあたし……彼と指を絡ませて手を握っているの。
こんな、愛おしいという恋人のような弄り方で。
こんな、焦げるように熱い体温で。
早瀬がどんな表情をしているかわからないけど、互いに被り物をして顔を隠していてよかったと思う。
きっとあたしは、この苦しげに聞こえる言葉を吐いた、早瀬の表情に絆されてしまっただろうから。