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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
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「32番、予定を変更して俺……宮田裕貴が作詞作曲、ギターパートとボーカルをさせて頂きます」
薄暗くなった屋外、スポットライトを浴びた裕貴くんの、凛とした声が響き渡る。
「りすとうさぎと、精一杯やりたいと思います」
裕貴くんはあたしと早瀬を見て、緊張に強張ったような顔で笑い、審査員の方を見た。
「正直、俺は人間不信となり、音楽をやめようと思いました。しかし、そこから引っ張り上げてくれた、見ず知らずのあのうさぎとりすに背中を押して貰い、ここに立っています」
裕貴くん……。
「信じていた手を払われ、どんなに苦しくて不幸のどん底にいても、必ず差し伸べてくれる手や声がある。そう信じさせて貰った俺は、苦しみの最中で戦う幼なじみと、そして言葉ですれ違う不器用この上ないりすとうさぎに、この曲を捧げたいと思います」
泣くまいと思っているのに、自然と涙がこぼれ落ちる。
口が悪い裕貴くん。
だけど、早瀬の言い方に悪気がないと必死に教えてくれた裕貴くん。
ギターを壊して音楽を辞めようとするまで、きっと誰より深く傷ついていただろうに、今の裕貴くんは自分の恨みを晴らすというよりは、赤の他人であるあたし達のことを気に掛けてくれている。
裕貴くんの方が大人だ。
「ちょっといいかね?」
年配のちょっと目つきの悪い男性審査員から質問が出た。
「これはコンテストだということをきみは知っているかね?」
「はい」
「それなのに、私達ではなく違う人間に聞かせたいというのかね?」
就職活動の面接官もそうだけれど、時に審査をする側の人間は、威圧的に押し出てその者の反応を見ることがある。
ここで裕貴くんが慌てふためき、動揺したために音楽に乱れが出てしまったら、それだけの人間だと思われて終わるだけだ。
人材など数多くある。その中で本番に弱い者が脱落しても、それはただのふるいにかけて落ちた人間のひとりにしか過ぎない。
裕貴くん、動じないで。
お願い。真っ直ぐな心で受け答えして。