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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
その願いが通じたように、裕貴くんは悪びれた様子もなく、スタンドマイクに向けてはきはきと答えた。
「ご気分を害してしまったらすみません。音楽は自己表現するものですが、俺は音楽を自分のためにではなく、誰かの勇気となるために演奏したいんです」
「ひとのために音楽をやると?」
「そうです。言葉で伝えたくても伝えられない思いを音楽に乗せて、直接心に届けるような演奏者になりたい。それが俺が望む音楽の姿だと、りすとうさぎによって、明確になりました」
「そうしたものがプロには必要ないのだとしたら?」
別の女性審査員が尋ねる。
「プロにならず、インディーズのままでいるだけ。……残念ですが」
裕貴くんの意志は揺らぐことなく。
「このチャンスを棒に振るというんだね?」
別の若い審査員も尋ねる。
「仕方ありません。届けたいと思うものがない音楽を良しとするのなら」
このままでは、演奏することも出来ないのではないだろうか。
ねえ、裕貴くん。もう少し妥協を……。
「俺は妥協できません」
あわわ……。
「話にならんね」
「ええ。聞く価値もない」
ざわざわと、審査員達が反発する。
威圧なのか本気なのかわからないけれど、裕貴くんは狼狽していなかった。
真ん中で腕組をして考え込んでいたおじいさん審査員が言った。
「きみは目指しているミュージシャンはいるのかね?」
「尊敬する音楽家ならいます」
裕貴くんは即答する。
彼が慕う音楽家がいるという話は聞いていなかった。
「それは誰かね?」
「早瀬須王さんです」
は、早瀬!?
仰け反りすぎて、後ろに倒れそうになった。