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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
あたしは慌てて後ろに振り向く。
ちゃんと、出っ歯なリスはいる。
だとすれば――。
「あなた早瀬さんではないんですか?」
小声でりすに尋ねると、りすの大きな顔は小さく縦に揺れた。
「私は清掃員で、廊下をモップ掛けしていたら頼まれまして……」
ざらついた声質の老女の声。
機材を控え室に返す時、確かに背の高いおばちゃんは目にした。
この姿でお疲れ様と声を掛けたら、ぎょっとしていたのを覚えている。
いつの間に!!
とりあえずは演奏後であるのは間違いないだろうけれど。
「あの顔……見たことあるとは思っていたけど、あの楽器の使い方とか、考えればわかったはずなのに! はぁ、りすおじさんが、早瀬り……いや須……」
あたしは裕貴くんの口を手で押さえた。
「黙って」
早瀬は、こうした事態を見抜いていたのだろう。
だからきっと、他人顔で裕貴くんを救うために。
……なんてひと。
「早瀬さん、本気でアレをプロデュースする気ですか!?」
あたし達をアレ呼ばわりかい。
「すべてとは言いません。ギターの彼だけですけれど。彼は磨くほどに光る」
魅惑的な笑みを浮かべて、口端をつり上げる。
裕貴くんは、あたしに口を抑えられたまま、うさぎのようにぴょこんと飛び跳ねた。
「は!? あんな彼より、うちの息子の史人の方が」
おお、こんなところで親だからと子供を売り込む気ですか。
「私はね、音楽の才能を見ています。どんなに金で買収してひとの曲を盗作しても、あなたの息子さんの音楽の才能が、彼に劣るのは事実です」
きっぱりと言い切る早瀬に、拍手を送りたくなった。
「息子が、盗作だと!?」
すると早瀬は腕組をしながら、にやりとして言った。
「だってこの曲は、俺が宮田くんのために書き下ろした曲ですから。なんなら著作権侵害で訴えてもいいですけど?」
……うわ、はったりだ。
そしてそんなはったりをかますのは、恐らく――。
「はああああ!? 嘘だ、宮田の曲だっていうから、だから俺が頂いたのに!!」
……女帝の弟、三芳史人の自白を強要するために。
「ええ嘘です。あれは宮田くんの曲だ」
怒気を帯びたその声音に、蒼白な顔となった三芳親子は、どうしようと顔を見合わせたが後の祭りだった。
「音楽を冒涜しないで頂きたい」