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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
 

「あまりに遅くて、メールも電話も返答がねぇから、逃げ出したのかと思って、探し回る羽目になった。いるなら、さっさと応答しろよ!」

「いるかいないか確かめるなら、外から声をかければいいでしょう?」

「女子トイレの中に向かって、そんな変態みたいなこと出来るか!」
 
 LINEを拒否しないと言ったせいか、化粧の最中にLINEの申請が来て、それどころじゃないから放置したら、早くOKしろとメールが来て。

 だからそんなの後でいいでしょう、今は剥げたところの修復が一番大切なんだからと真剣に修復作業に励めば、電話がくる。

 早瀬の番号は、無理矢理登録されたから入ってはいるけれど、電話をかけてくることがないし、たまにあっても寝ていてとれない時が多く。なんで気づいた時、朝でも折り返さないんだと怒るけど、同じ会社にいるんだし。

 騒がしく音が鳴るスマホを無視して、なんとかお顔を戻して化粧室から出れば、ぜぇぜぇと息をする早瀬に声をかけられて。

 本当に探し回っていたらしく、早瀬の顔が汗ばんでいたんだ。

「なんで今更逃げないといけないんですか」

「……逃げねぇ?」

 早瀬が迷子の子供のように途方に暮れた目を向けてくる。

「だから、今更です」

 早瀬は笑った。
 なんだか嬉しそうにも思えたけれど、その意味がよくわからなかった。

「俺、赤レンガと言えばお前を捜し回った記憶しかねぇよ」

 あたしがびくびくして席についた運転席に、早瀬はどっかりと座る。

「あたしは……うさぎとりすの記憶ですね」

 そう言いながら、ここに来る時とはまた違う……なにかひとつのわだかまりが消化出来たような、そんな爽やかな気持ちで助手席に座った。

「それ、忘れろって」

 エンジンがかかる。

「忘れませんよ」

 早瀬須王を少し知れたこと。
 彼の力により、諦めていたものが可能になったこと。

 あの感激を、あたしは忘れたくないから。
 
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