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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
「あなたのお名前はなんというんですか」
「え、上原柚と言います」
「……柚!! 柚だよ、須王。お前が寝言で……ふごふごふご」
早瀬の手のひらが、小林さんの口を押さえつける。
「行くぞ」
「は、はい」
小林さんはふごふご言いながら、あたしに手を振ってくるから、一応あたしも振り返してみる。
「振らなくていいんだよ、お前も!」
早瀬はその手を掴んで、小林さんを背にした。
あたしはぺこりと頭を下げて、小林スタジオを後にする。
「くくくく、あれが柚か。近寄る女に見向きもしねぇあいつが、酒飲んで酔っ払って寝る度に、泣きながら会いたいと呼んでた、愛しの〝柚〟にようやく会えたのか。あの分じゃまだものにしてないみたいだけれど、俺に紹介にしに来たということは……前向きに考えていいんだよな? 頑張れ、須王。力がある今のお前なら、柚を守ってやれるはずだから」
……そんな呟きがなされていたことに気づかずして。
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「な、なんで東京に向かわないんですか!」
「東京に帰るなんて、一度も言ってねぇけど」
「はああああ!? どこに連れて行く気ですか!?」
あたしの頭の中で流れるのは、勿論「ドナドナ」
「楽器をちゃんと借りてきたご褒美、やらないとな」
不意に向けられた流し目に、心臓が変な音をたてる。
「あたし、要りません。ご褒美というのなら、一刻も早く家に帰りたい」
「諦めろ」
夜の時刻となった横浜で、響き渡るのは、
「まだまだ夜は長いんだ」
夜の闇にまぎれた悪魔の声。
「いやああああああ!!」
前言撤回。
感謝なんかしなければよかった。
あたしをどこに連れていくの。
なにをするの。
……可愛い仔牛~ 売られて行くよ~
悲しそうな瞳で 見ているよ~
ドナドナド~ナ~、ド~ナ~、仔牛を乗~せ~て~
ドナドナド~ナ~、ド~ナ~、荷馬車が揺~れ~る~
あたしの頭の中では、もの悲しい旋律のドナドナが繰り返されていた。