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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
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車は東京に向かう首都高の案内板に見向きもしていないが、ふと景色を見て、ライトアップされて様々な色に彩られた観覧車が、かならず視界に入るのが不思議に思った。
車はまさか、これからどこに行こうとしているのではなく、かの有名なみなとみらいと呼ばれる(らしい)この周辺を巡回して「観光」しているのでは?
「やっと気づいたか、アホ。お前が初めてだと言うから、ちょっと回ろうとしてたのに、ひとを誘拐犯のように雄叫び上げやがって」
あたしの様子を見ていたのか、ぶすっとした声で早瀬が言う。
「だったら、そう言って下さいよ! あたしてっきり、ドナドナかと」
「ドナドナって……俺、誘拐犯の挙げ句に、お前を売り飛ばす鬼畜かよ」
「は、はは……」
そうだと言えないから、誤魔化して空笑い。
「安心しろ。お前を絶対、売り飛ばさねぇから。仮に誰かに売られたとしても、俺が買い戻してやる。……全財産かけても」
亜貴の命がかかったお金の代償にあたしの身体を要求して貪る早瀬が、あたしを救うのは無償だと言う。
……早瀬がよくわからない。
なにが建前でなにが本音か。
これは冗談として笑い飛ばして貰いたいのか、突っ込んで怒って貰いたいのか、いまいち早瀬の思惑がわからず、こっそりと窓を向いていた顔を運転席の方に向けると、窓の外に映る……夜景を創り出す人工的な煌めきが、早瀬の端正な顔を青白く映し出し、翳りを作っていた。
そこには揶揄めいたものはなく、どことなく物憂げな横顔があるだけで。
「ん? どうした?」
ふたりだけの空間で、睦言を囁かれるように甘く訊かれて、とくりと……鎮静していた心の海が波打った。
「な、なんでもないです」
落ち着け落ち着け落ち着け。
それでなくとも煌びやかな夜景。
雰囲気に飲まれるな。
相手は、あの色気ただ漏れの早瀬須王だ。
あたし以外にも惜しみなくフェロモンを撒き散らす……元からこういう男だ。
これは速攻笑い飛ばそう。
早瀬は女に関しても百戦錬磨。
恋愛初心者(しかも自覚と同時に失恋)が無駄に立ち向かって、どうこう出来る相手ではない。
息を殺して、深呼吸。
柚、何でもないという顔で笑え!