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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
「………」
「……どうかしました? まだ残ってますか?」
「……いや。なんか、さ。……まあいいや」
なにか言いかけて、ひとり嬉しそうにしている早瀬。
「にやにやして、なんですか?」
「いや……」
そんなにあたしの鼻水を直に摘まんで楽しいのかしら。
ちょっと引いてしまったが、それを許す早瀬でもなく。
赤レンガでなにがあり、どんなことをしたのか忘れるほどに、無理矢理に早瀬にアトラクションを乗せられ、振り回された挙げ句に、怖がりのあたしが忌避していたお化け屋敷に連れられて行く。
カートで運んでくれたらいいのに、自分の足で歩かないといけない、最悪なタイプをきちんと調べてから、強引に連れて行く性悪男。
「ひ、ひっ」
数歩入って既に及び腰。
「こんな程度で……」
「怖いものは怖いんですっ!! いかにも来るぞって怖くしているのを見たら、さらに怖くて仕方がないんですっ!!」
薄暗い照明。涙ぼろぼろ流すあたしは早瀬に引き摺られるようにして、奥に入る。生まれたての子鹿のように足をぷるぷるさせるあたしは、早瀬の腕に掴まって(引き摺られながら)いるというのに、不意に早瀬がいなくなる。
恐怖に全身総毛立ち。
「早瀬さん、早瀬さーんっ!! どこですか、あたしを置いて行かないで、早瀬さーんっ!!」
「俺の名前を呼んだら、行ってやる」
どこからか声は聞こえるのに、姿がなく。
早瀬もお化けになっちゃったんじゃないかと、そんなことで怖じ気づく。
「はや……うぎゃあああああ!!」
横から飛び出たものに驚いて、床に座り込みながら叫んだ。
このお化け屋敷で命の危険を感じたため、必死だ。
「苗字じゃねぇよ、名前を呼べ。柚」
「きゃあああああっ、す、おうっ、来て、助けて、須王、須王っ!!」
名前のことなんかどうでもいい。この場から助けてくれるひとがいるのなら、あたしは素直にそれに縋りたい。
「須王、須王、須王――っ」