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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
  

「お、おフレンチではないですよね?」

「なんだそのおフレンチって。フレンチがよかったのか?」

「いやいや、あたし作法とかまったく知らないから、もしそうだったら困ったなあと思っただけで……」

 早瀬は笑う。

「今度話のネタに、フレンチも食ってみたらいい。作法なんてなんとかなる」

「それでも恥をかくのは……」

「俺は平気だし。教えてやる」

 笑いながら、早瀬は眼鏡を外した。
 煌めくダークブルーの瞳が、優しく細められ、雰囲気に流されそうになる馬鹿なあたしは、必死に自分を立て直す。

「あ、あなたと行くの前提なんですか?」

「当然。誰と行く来だったんだよ?」

「いや、ひとりで……」

「ひとりでフレンチか。すげぇ優雅だな」

 早瀬はくくくと笑った。

「俺、お前見物してるわ」

 テーブルの上に片肘突いた手の上で、早瀬の顔が傾けられる。
 
 その視線が優しくて、……甘くて、息苦しくなる。

 高いところで偉そうにしている不遜な王様はどこに行ったのよ。
 
「あなたの見ていない時に、ひとりで行きます」

「駄目。俺を連れて行って。じゃないと、行かせねぇよ」

「別にあたしのフレンチにあなたの指図は」

「駄目。お前の初めては俺のものなの」

「な……っ」

 早瀬の手が伸びて、テーブルの上に置いていたあたしの片手を軽くひっぱる。

「フレンチ以外も色々行こうぜ。俺、調べておくからさ」

 笑う。
 笑う。

 駄目出しして話を勝手に進めていく強引さはあるくせに、二十六歳に思えないあどけない笑みがそこにあって。
 
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