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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice
「ん?」
「……あなたがよくわからないです。どうしちゃいました? キャラ崩壊?」
「はは、崩壊してる?」
「はい」
崩壊してると言われて、なんで嬉しそうなんだろう。
いつも冴え冴えとしていたダークブルーの瞳が、優しすぎるのだ。
あたしは、どう反応すればいいんだ?
「俺、すげぇ必死なんだな」
「は? キャラ崩壊がですか?」
「ああ。崩壊……というか、これが素なんだけどさ」
「………」
「はは、すっげぇ眉間の皺」
お酒も飲んでいないのに、からからと陽気に笑う早瀬。
こんなに笑う男だったっけ?
……あたしは知っている。
九年前の早瀬がそうだったということに。
九年前、早瀬はよく笑っていたんだ。
こうやって、優しくあたしを見ていたんだ。
あたしが勘違いするほどには。
胸がぎりぎりと締め付けられる。
「ワインをお持ちしました」
その時、ウェイターが来てワイングラスをふたつ、テーブルに置いた。
「こちら、Chateau Le Puy Emilien(シャトー・ル・ピュイ・エミリアン)の2002年ものになります」
そしてナフキンで掴んだボトルを回すようにしてあたしのグラスに赤ワインを注ぎ、ボトルをテーブルに置いた。早瀬のところには別の小さなボトルから綺麗なピンク色の液体を注ぐと、きらきらと煌めくような細やかな泡が立つ。
「はい、乾杯」
早瀬がグラスを傾けるから、あたしも同じようにしてカツンと音を鳴らした。
あたしは、あまりワインというものが得意ではなく、せいぜいドイツのデザートワインと呼ばれる甘いものは飲めるが、赤ワインを美味しいと思えたことがないため、恐る恐る口をつけてみると、それがとても美味しい。
「美味しい?」
あたしの反応を見ていたのだろう、早瀬が嬉しそうに身を乗り出しながら聞いてくる。あたしは破顔して何度も乾いた喉を潤していく。
グラスにワインが減れば、早瀬がボトルを手にして入れてくれる。
「ゆっくり飲めよ、いいワインだからな」
「あなたは飲まないんですか?」
「お前、俺は運転するんだぞ?」
「あ……」
「俺も飲めるいい方法がある」
「え?」
「ここに泊まろう?」
どことなく確信犯的な、妖艶な流し目も一緒に食らい、ぶほっとワインを吹き出しそうになった。